第六話 記憶の断片 その二

「マイハニー、気がついたかい?」

「ここは……。私は神社にいたはずなのに……」

「何を言ってるんだい、ハニー。うなされながら、ずっと眠ってたんだよ」


 私、思い出したわ、龍二の言う通りよ。確か記憶を探ろうとしたら、激しい頭痛に襲われて……倒れそうになったところを……。


 鮮明に蘇っていく当時の記憶。

 それが完全に修復されると、私の顔は一緒で真っ赤に染まってしまう。


 ──男の人に抱えられたのは、初めてかな……。


「り、龍二、あの……その、あ、ありがとう。私を保健室まで運んでくれて……」

「それくらい、お安い御用さ。それよりも、体調は大丈夫どうだい?」

「頭痛も収まったし、もう、大丈夫よ」


 優しい瞳よね。黙っていたらチャラ男には見えないのに。そう、黙っていたら……。あれ、でも確か龍二はあのとき……。


「──!? な、近い、顔が近いですってっ」


 激しくなる鼓動が、私から冷静さを奪っていく。

 ──ドクン、ドクン……。

 それは収まるどころか、時間とともに激しさを増してしまう。私は龍二の瞳を直視できなくなっていた。


 まったく、油断も隙もありませんわ。顔を近づけすぎなんですもの。


「おっと、僕としたことが。ハニーが心配だったんだ、怒っちゃったかな?」

「怒ってなんかないわよ、ばかっ」

「どう見ても怒ってるじゃない〜」

「むぅ、そういう意味じゃないのっ。悪いと思ってるなら、私を教室まで連れて行きなさいよっ」


 私の瞳が捉えたのは、微笑む龍二の優しい顔。安心感が私の心に浸透し、気がつけば彼が私の手を握り締めていた。

 温かくて力強くて……その居心地の良さに私の口元は、つい緩んでしまった。


「かしこましました、マイハニー。それでは、この私が教室までエスコートさせていただきますね」

「お願いね、その、手を離したら許さないんだからっ」


 なかなか素直になれない自分が少しイヤになる。でも、龍二はそんな私に優しい顔を向けてくれた。まるで、私の心まで見透かしているように……。


 保健室を出ると、そこは静寂が支配する廊下が見えた。

 二人だけの世界に迷い込んだ錯覚に襲われ、私は夢の続きでも見ているのかと思ってしまう。


 聞こえるのは二人の足音だけ。

 私は龍二と握ったまま教室へと戻っていった。


「月姫、もう体調は大丈夫なのか?」

「はい、先生。すっかりよくなりましたわ」

「そうか、それはよかった。ただ、その、一応授業中だからなぁ、手を握り合うのはちょっと……」


 教師の言葉で、私は夢から現実へと引き戻される。クラスの視線が私に集まり、男子からは羨ましがられ、女子からは……ドス黒いオーラが見えていた。


 私にとって視線などどうでもいい。むしろこのまま、ずっと繋いでいたい。そのために、魔性の力で教師を傀儡にしてやろうとも考えた。


 でも、それを使ってしまったら、龍二と二度と一緒にいられなくなる。そんな気がしていた。


「言われなくても、今、離しますわ。それと、勘違いしないでよねっ、これは、龍二から握ってきたのだから」

「ハニーの言う通りさ。僕はハニーが安心するよう、手を取り合ってるだけさ」


 顔、顔は大丈夫よね、ニヤけてなんかないよね。普段の顔になってるよねっ。鏡を出したいけど、ここで出すのは不自然ずきるわ。


 名残惜しいけど、龍二と繋いだその手をゆっくりと離すしかなかった。


 徐々に失われる彼の温もり。

 心にはポッカリと大きな穴が空いてしまう。


 見た目こそ気丈に振る舞っているが、私の心には悲しみの大雨が降り始めた。

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