第五話 記憶の断片 その一

「龍二、いいわよ、許してあげる。その代わりに、私とデートしなさい。でなければ、一生許さないんだからねっ」

「さすが僕の愛しいハニー。寛大なツンデレをありがとうございます。この神城龍二、誠心誠意を尽くしますので、ご期待くださいませ」


 ツンデレにしているつもりはない。これは、言葉が外に出ると、勝手となってしまう呪いよ。きっとそれに違いないわね。


 魔性の副作用に、こんなモノまであったなんて、奥が深いわね。


 そもそも、魔性の力はいつから使えるようになったのかしら。中学生のとき? それ以前から? 記憶を辿ろうとすると、頭が締め付けられる。


 それに、魔性の力はどうして私にだけ使えるのよ。

 親の遺伝なのか、もしくは……。あれ、私に親なんていたんだっけ? 顔が、名前が思い出せないし、頭痛が激しくなって……。


「ハニー、どこか具合が悪そうだね。保健室で……」

「だ、大丈夫よ、これくらい。私は全然平気なんだからっ」

「平気なわけないだろっ。さっ、大人しく保健室へいくんだ。僕にちゃんと掴まってくれ」


 えっ、龍二……。

 なんでそんなに真剣なの、なんでそんなに悲しい目をしているの。それに、どうして、普段の声とは違って……。


「う、うん……。龍二、ごめんなさい」

「いいから、謝らなくていいから。だから、僕の言うことを聞いて、保健室へ行こう」

「はい……」


 素直になれるのは、きっと頭痛のせいね。昔……は覚えていないけど、普段の私はこんなに素直じゃないもの。


 これが……男の人の匂いなのね。初めて嗅いだけれど、悪くないわ。それに、温かくて私を包み込んでくれるような広い背中。


 ──この身を預けるのもいいものね。


 私の意識はそこで途切れてしまう。

 次に目を覚ましたのは……。


「アナタ、ここが竹採神社ちくさいじんじゃよ」

「人が寄り付かないというか、ボロいというか」


 何これは……。体が動かない、ううん、違う。これは私の体じゃないわ。誰かの体に入ってしまったような感覚。そうよ、きっとそれに違いないわよ。


 それにこの女性……こんな神社になんの用があるのだろう。


「それは神様に失礼ですよ。せっかく、子宝に恵まれる由緒正しい神社を教えて貰ったんだから」

「だってなぁ、こんなにボロいとは思わなかったし。教えてくれた人は確かに美人だったけど……」

「あ、な、たっ! なんで顔が赤くなってるんですかっ」

「ご、ごめんよ。俺が悪かった許してくれよ……」


 分かるわ、この女性は怒っているのね。しかも、話を聞く限りこの二人は夫婦。それなのに、他の女に目がいくなんて、怒るのは当然の権利よ。


「別にいいですよ〜。私は怒ってませんから」

「……怒ってるじゃないか。こ、コホン、続きはここの神様にお願いしてからにしよう」

「そうね、そうしましょうか。ここならきっと、元気な赤ちゃんを授かれるはずだから」


 そうなのね、赤ちゃんが欲しくてこの神社に来たのね。うん、伝わってくるよ、この女性が心から赤ちゃんを望む気持ち。それなのに、旦那が他の女に夢中になるものだから。


「よし、これできっと元気な赤ちゃんを授かれるさ」

「そう、だといいけど」

「大丈夫、俺が今までウソを言ったことがあるかい?」

「ここを教えてくれた女性に鼻の下伸ばしてたクセに〜」


 口ではケンカしてるけど心の中では違う。私には分かるもの。だって、今私がいるのは……あ、あれ、景色が暗くなって見えなくなってる。


 そこで私の意識は再び失われてしまった。

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