第八話 記憶の断片 その四
私が龍二に連れて来られた場所は──。
見渡す限りの平地……とはいかないが、野球グラウンドより少し広めの大きさ。周囲に目立った建物は見当たらなかった。
「龍二、本当にこの場所でいいの? だって、ここは……ただのグラウンドじゃないっ」
「美しい顔を膨らませないでおくれ、マイハニー。ほら、あれを見てご覧?」
龍二が指さす方向に見えたのは……空に浮かぶ小さな点。それは次第に大きくなっていき、爆音が私の耳へと届き始める。
その形がハッキリ見えるには時間がかからず、それが何か分かると、私は思わず声を出してしまった。
「あれって……。まさか、ヘリコプター!? 本物……よね。龍二、アナタはいったい……」
「もちろん、本物のヘリコプターさ。それと、僕が何者か興味あるかい? ハニーになら教えてあげても……」
「べ、別に聞きたくないですわよっ。龍二が何者だって……私は構いませんもの」
一瞬ですけど、龍二の顔がニヤけた気がする。ううん、きっと気のせいよね。夕陽に照らされてそう見えただけよ。
ヘリコプターはグラウンドの中央へと降り立つ。プロペラからは強風が吹き荒れ、私の長い髪と制服を
「さぁ、これがハニーの願いを叶える乗り物さ。遠慮なんていらないよ。それとも、僕がお姫様抱っこで乗せようかい?」
「そんなこと……しなくて平気よっ。さっ、龍二、早く行きましょうか」
お姫様抱っこ……なんで断っちゃうのよっ。私のばかっ。せっかくのチャンスだったのに……。いや、今からお願いすればきっと……。
ダメよ、そんなこと恥ずかしすぎて、私にはできないわよ。もぅ、ホント、私って素直になれないんだからっ。
結局、私はヘリコプターに自力で乗るハメになった。自業自得とはいえ、押しの弱い龍二を鋭く睨みながら……。
「さぁ、テイクオフだよ。ちゃ〜んと、シートベルトはしてねっ。もしくは、僕がしてあげようか?」
「シートベルトぐらい、自分でできるわよっ。龍二のばかっ」
龍二につい八つ当たりしてしまう。
お姫様抱っこという私の憧れ。
もう少し強引にしてくれてもよかったのに。
その想いが反転して、彼へ怒りをぶつけたのだ。
私の中で怒りが湧き上がる中、ヘリコプターは地上から飛び立っていく。上昇を初めて数分で、街がミニチュアのように小さくなる。
それと同時に……私の手に温もりが感じ始めた。
「り、龍二!? どうして私の手を握っているのです?」
「それは、僕が高所恐怖症だからだよっ。だから、絶対に離さないからねっ」
違う、龍二は嘘をついている。だって彼の瞳はまったく怯えていないのだから。これは、私が高所恐怖症だと感じ取って、さりげなく手を握ってくれたのだ。
だから私は……彼の優しさに甘えようとした。
「まったく、男なのにだらしがないわね。仕方ないわ、私の手をしっかり握ってるのよっ」
「さすがハニー、優しすぎて僕は涙が出るよ」
「もぅ、ばかっ」
龍二から伝わる温もりが、私の震えを抑えてくれる。そう、彼は私の中から恐怖という魔物を追い出したのだ。
それこそ、外の景色を安心して眺められるほど。こんなことは初めてで、私は心の底から龍二へ感謝していた。でも、それを口には出せなかった。
だって、恥ずかしすぎて、また会いたいな逆のことを言ってしまうとおそれていたから……。それでも私の顔は、自然と笑みがこぼれていた。
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