第十八話 初めてのデート その四

 うぅ……。不覚にも泣いてしまいました。このジェットコースターを侮りすぎたのが敗因ですわ。


 龍二との手は離さなかったものの、私は恐怖に敗れ去った。声こそ出してないけど、私の瞳は涙であふれていた。


「ハニー、キミに涙は似合わないさ」

「龍二……。ありがとう」


 私の涙を龍二が優しく拭いてくれる。

 真っ白なハンカチで優しく丁寧に……。

 龍二の気遣いに、私は思わず二度目の涙を流す寸前であった。


「ねぇ、次は観覧車に乗ってみたいわ。ダメ、かなっ」

「僕が断る理由なんて、あるわけないさ。さぁ、二人だけの新天地へ向かおうじゃないか」


 ふ、二人だけ!? しかも新天地ですって。そんなこと恥ずかしくて……。で、でも、断っちゃうと、フッたみたいになっちゃうし。私はどうしたら……。


「ハニー、ここが僕たちの新天地さ。この、大観覧車がねっ」

「ふえっ、大観覧車っ!? そ、そうだよね、観覧車だよねっ。私としたことが、何を勘違いしてたんだかっ」

「どうしたんだい、ハニー。顔が赤いけど具合でもわるいのかい?」

「ち、違うわよ。もぅ、龍二のばかっ」


 勘違いさせるようなこと言う龍二が悪いのよっ。

 私は何も悪くないわ、そうよ、絶対にそうなの。まったく、龍二ったら、わざとなのか、それとも天然なのか、分かりませんわね。


 心の中で不貞腐れながらも、私は龍二と一緒に観覧車へと乗り込んだ。

 ここは、本当の意味で二人だけの世界。もはや、私の顔は赤く染ったままであった。


「機嫌直してくれよ、ハニー。ほら、ここから見える景色は最高だよ」

「べ、別に機嫌が悪いわけじゃないしっ。こんな景色ぐらいで、私が……」


 ……すごい、綺麗、うん、この街って上から見ると、こんなに美しかったんだわ。幻想的とまではいかないけど、荒んだ心が洗われるわね。


 ガラスに顔を張り付かせ、私はこの絶景を目に焼きつける。瞳は満天の星空のように輝き、吐息で窓がわずかに曇っていた。


「……コホン。ハニー、大切な話があるんだ。聞いてくれないかな」

「龍二、大切な話って何かな?」


 観覧車が頂上に差しかかろうとすると、真剣な眼差しの龍二が私を見つめていた。

 何度か見たことのある力強い瞳。

 私は吸い込まれるように、彼の瞳を直視してしまう。


 狭い空間の空気は張り詰め、龍二が本当に大切なことを話そうとしている、私はそう理解した。


「あの、僕と……結婚してくださいっ。ずっと前から、ハニーを、ううん、神楽耶のことが好きだったんです。どうか、僕の気持ちを受け取って欲しいんです」


 目の前に出された指輪ケース。

 中には、光り輝くひとつの指輪が収まっている。

 結婚指輪……とまではいかないが、安物の指輪にはまったく見えなかった。


 け、結婚!? 私と龍二が……。そんな、早い、よ。で、でも、きっと私は龍二以外の人は愛せない。べ、別に場の雰囲気に、流されたわけじゃないけど。

 そうよね、早くたっていいじゃない。私には、龍二しかいないんだからっ。


「龍二、私、その申し出を受けますわ。その、年齢的に婚約という形になりますけど」

「本当かい、神楽耶。僕と結婚の約束をしてくれるんだねっ」

「はいっ、不束者ですが、よろしくお願いしますわ」

「指輪、ハメてあげますね」


 紅潮した顔で静かに頷くと、龍二は優しく私の左手薬指に指輪をハメてくれた。私は太陽にかざしながら、何度も眺めてしまう。


「あのお客様、地上に着きましたので、降りていただきたいのですけど」

「僕たちはもう一周のるから、このままでよろしく」

「……それはできませんよ、龍二様。二人には降りていただけませんと」


 係員の冷徹な視線が私と龍二に向けられる。

 思わず固まってしまい、その係員を見つめていた。

 しかし、私にはその顔に見覚えがあったのだ。


「──!? か、佳奈さん。どうしてここに……」


 佳奈さんの不敵な笑みとともに、観覧車はゆっくり止まってしまった。

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