第十五話 初めてのデート その一

 私は廊下を走っていた。どこに行けばいいのかなんて分からない。それでも私はこの広い屋敷を走り回るしかなかった。


「どこよ、どこにいるのよ。佳奈さんと話をしなくちゃ。私は龍二と一緒にいたいの、だから、佳奈さんを説得して……」


 記憶が戻り、龍二が私を好きなのは、魔性の力ではないと知る。それならば、身分など忘れ、この大地で静かに彼と一緒にいたい。それが私の願いなのよ。

 それが叶うなら……姫という立場なんて、私はいつでも捨てられるんだからっ。


「そ、そうだっ。龍二に聞けば居場所が分かるかもしれない。スマホ、スマホは……。もぅ、部屋に置きっぱなしじゃないのっ」


 急がなくちゃ。別に、どこかに行っちゃうわけじゃないけと、早く会わないといけない気がするわ。


 焦る気持ちを押え私は部屋へと急ぐ。今、私の中には絶望などなく、希望の光が差し込んでいた。


「はぁ、はぁ。迷わずに戻れたわね。スマホは確かカバンの中に……。って、充電きれてるじゃないのっ。もぅ、充電器はどこにしまったのよ〜」


 自分のカバンをひっくり返し、私は床に散らばった中から充電器を探そうとする。だけど、焦ればあせるほど、いつもは簡単に見つかるモノが見つからない。


「どこよ〜、私の充電器はどこにあるのよ〜」

「ハニー、充電器ってこれじゃないかい?」

「ありがとうござ……。って、り、龍二!? いつここに来たのよっ」


 耳元から聞こえる声に振り向くと、優しい顔の龍二が目の前にいた。嬉しいサプライズで、私の鼓動は激しくなってしまう。


 龍二はいつからいたのよ。まさか、カバンをひっくり返したときからっ!? もぅ、あんなガサツなところ見られたくなかったのに。私のばかっ、もっと周りを見ればよかったわ。


「僕が来たのは、ほんの少し前さハニー。ところで、慌ててたけど何かあったのかい? 僕でよければ力になるよ」

「ちょうどよかったわ、龍二。電話をかけて欲しい人がいるのよ。私のスマホはバッテリーが切れてしまったのよ」

「マイハニーの頼みなら喜んで引き受けるよ。誰にかければいいんだい〜?」

「えっと、龍二にかけて欲しいんだけど、お願いできるかしら?」

「ハニー、龍二って僕以外のかい?」

「アナタ以外の龍二なんて知らないわよっ! いいから早く……」


 待って、私は龍二と話すために、スマホを充電しようとしたのよね。そこへ、龍二が来たから、彼のスマホで龍二に……。って、電話をかける意味がないじゃないのっ。


 恥ずかしさのあまり、私の顔は真っ赤に染まってしまう。視線をゆっくり逸らすと、龍二から返事があったのだ。


「ハニー、それはさすがの僕でも無理な話しさ。いや、スマホを二台持ってくれば、ハニーの願いを叶えられるわけだね」


 真剣な顔の龍二を私は必死に止めた。

 この部屋から出さないように。彼の腕に絡みついて……。


「じ、冗談よ、冗談っ。もぅ、龍二ったら〜。それでね、龍二に聞きたいことがあるの」

「僕にかい? ハニーのためなら、なんでも答えるよ」

「そ、そう。あのね、佳奈さんっていうメイドなんですけど、今どこにいるのかしら?」

「佳奈? それは誰だい? 僕の家に佳奈というメイドなんていないさ」


 一瞬、龍二が嘘を言っているのかと思った。でも、真剣な彼の目は嘘なんか言ってはいない。私は頭の中が真っ白となる。


「そ、そうなの……」

「ハニー、誰かと勘違いしてるんじゃないかな。僕が元気になるおまじないをしてあげる」

「おまじない……?」

「明日、僕とデートしようじゃないか」


 まっすぐな瞳で龍二は私を見つめていた。

 彼の独特なオーラが、私の中から『佳奈』という存在を消し去る。言葉を失い、私は小さく頷くことしかできなかった。

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