第三話 初めてのお迎え

 ──ピンポーン。

 朝から室内に鳴り響く呼び出し音。

 この土地では、私を迎えに来る知り合いなどいない。ただひとりを除いて……。


「グッドモーニング、マーイハニー、今日のキミは一段と綺麗だねっ」

「お、おはよう、龍二。その、ひとつ聞いてもいいかしら?」

「マイハニーのためなら、なんでもカモーンだよ」

「……昨日、初めて出会ったときの龍二と、その、なんと言いますか、話し方が違うといいますか」


 最初の印象はチャラ系紳士イケメンだった。でも、昨日私が倒れたあとからは……『ハニー』だとか、口調もなんだか軽く感じる。


 これじゃまるで……チャラ極め男じゃないの。私ってこんなのがタイプだったのかしら。違う、違うに決まってる。こんなの私のタイプじゃ……。


「なんだ、そんなことか〜い? おーけ、おーけ、ハニーのためにお答えしよう。これが本当の僕なのさっ」


 私は開いた口が塞がらなかった。目を丸め龍二を見つめてしまう。幻だろうか、彼の周囲に煌めく星々が瞳に映っていた。

 しかも、前髪をかきあげて、アイドルのようなポーズまで決めてるし。


「そ、そうなの。分かったわ、とにかく龍二、学校へ行きましょう。今日は遅刻しないようにしませんと」

「ちっ、ちっ、ちっ。僕は一度も遅刻なんてしてないよ、ハニー。昨日だって、僕が遅刻したんじゃない、学校が遅刻したにすぎないのさっ」


 私が車を奪おうとしたときには、『僕が遅刻する』って言ったじゃないの。まったく、これじゃポジティブ星人も真っ青なほどですわ。


「なかなかユニークなお考えですわね。……コホン、龍二、学校へ案内しなさいね」

「イエス・マイ・ハニー。さぁ、この僕が学校という魔境へエスコートひてあげるよ」

「なっ、いきなり何を……。こんなこと突然されたら……」


 ずるいわよ、本当にずるい男。恥じらいすらなく、私の手を握るだなんて。初めてだったのに、男の人に触れるの……。


 ダメ、止まってよ私の心音。

 これ以上大きくなったら、龍二に聞こえちゃうじゃないの。

 それに鏡……私の顔って今どうなってるのかしら。いつもの顔……じゃないよねきっと。


「どこか具合でも悪いのかい、ハニー? なんだか顔がほんのり赤いよ」

「──!?」


 もう、この男は……。顔、近づけるのも反則だよ。

 待って、待ちなさい神楽耶。こんなのは私じゃないわよ。これじゃまるで……。


「な、なんでもないわよ。私は平気だから、その、顔、近い、から」

「それは失礼したよ。僕としたことが、ハニーの気持ちを理解していなかっただなんて」

「だから、早く顔を離して、よ。でないと……。──!?」


 今、何が起きたの。確かに龍二は離れてくれた。でも、その前に私の額へ何か触れる感触がしたような。まさか、まさか、まさか……。


「り、龍二。今、私に何かした、わよね?」

「もちろんさ、ハニー。元気になるおまじないに決まってるじゃないか」

「い、一応、聞くけど、そのおまじないって……」


 思いすごしであって欲しい。

 今、私が想像しているものなど、きっと妄想だと否定して欲しい。

 でなければ、私は……。


「僕の唇でハニーのおでこから、邪悪なモノを吸い出したのさ」

「それって……。キ、スよね?」

「そうとも言えるねっ。そっか、泣くほど嬉しかったんだね。勇気を出した甲斐があったよ」


 泣く、私が泣いてるとでもいうの? どうして、驚いたからなの、それとも、悔しくてなの。ううん、両方とも違うわよ。


 だって私の顔は、鏡を見なくても分かるぐらい、真っ赤に染まってしまったのだから。

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