第十一話 蘇った記憶 その二

 こんなに広い家なんて初めて。ん? 本当に初めてなのかしら。もっと広い家を見たような……。そんなわけないか。でも、私に中学以前の記憶がないわけですし。


「ハニー、まだあのことを考えているのかい?」

「えっ、ううん、違う、わよ。凄く広い家かなって、思ってただけよ」


 きっと気にしすぎね。深く考えても仕方がないもの。それより今は……。私ったら、なんて大胆なことを言っちゃったんだろ。

 お姫様抱っこはまだいいわよ。千歩ぐらい譲ってね。でも、龍二の家に泊めてだなんて……。


 素直になりすぎた自分が急に恥ずかしくなる。龍二の前では平静を装うも、心音がきこえていないか、ずっと心配していた。


「ハニーの部屋はここだよ。必要なことは執事がやってくれるし、あっ、メイドの方がいいかな。何かあれば、そこの呼び鈴を押せば誰かくるからね」


 龍二に案内された部屋は、ひと言で表すなら小さな家。大きなベッドが窓際にあり、化粧台まで備え付けられている。


 私のアパートより広いわね。って、当たり前ですけど。それにしてもこの部屋、掃除が大変そうですわ。執事とかメイドって言ってましたけど、何人くらいいるのかしら。


「あ、ありがとう。その……今日は本当に助かったわ。か、感謝してるんだからねっ」

「ツンデレが言えるなら安心だねっ。着替えとかはメイドに持ってこさせるから、自分の部屋みたいにくつろいでよ」


 龍二は必要なことを私に伝えると、部屋から颯爽と出ていった。私はその後ろ姿に、自然と笑みをこぼしてしまう。

 この広い部屋にひとり残された私は、巨大なベッドへダイブする。


 ふかふかで柔らかいベッド。

 心が癒されるような甘い香り。

 それらが私の心に染み渡り、幸福の世界へといざなう。気がつけば、私の中にあった不安はかき消されていた。


 ──コンコン。

「神楽耶様、失礼します。わたくし、身の回りをお世話するよう言われた、メイドの佳奈と申します。どうか、お見知り置きを」


 凛とした態度で私の前に現れたメイド。見た目は私より年上で、恐らく二十代前半と予想していた。


 綺麗な人ね。まぁ、私ほどではありませんけれど。龍二は、このような女性たちを侍らせているのかしら。もぅ、私だけを見て欲しいのにっ。


「よろしくお願いしますわ。佳奈さん、とお呼びしてよろしいのかしら?」

「はい、お好きにお呼びいただいて、かまいません。それと、お風呂の準備が整いましたので、ご案内に参りました」

「あ、ありがとうございます」


 メイドのあとに続き、私はお風呂場へと向かった。長い廊下を歩くこと数分、ようやくお風呂場らしき入口が私の視界に入ってくる。


 お風呂場までこんなに歩くだなんて。家の中で散歩ができてしまうわ。それにしても、龍二は何者なのでしょうか。ううん、そんなことはどうでもいいの。だって、彼は私が何者でもいいと言ってくれたんだから。


 自然と私の口元には笑みが浮かぶ。龍二の言葉が脳内を駆け巡り、つい妄想をしてしまった。


「神楽耶様、ここが浴場にございます」

「ふぇっ!? も、もう着いたのね。思ったより近かったですわ」


 も、妄想はよくありませんわ。変な顔してたの見られてませんよね。あんな顔を見られたら……お嫁に行けなくなってしまいますから。


 まったく表情を変えないメイドを警戒しながら、私は浴場へと足を踏み入れる。ここで身も心もサッパリしようと心に決めたのだ。

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