第十二話 蘇った記憶 その三
本当にここは個人のお風呂ですの? もはや驚くだけ時間の無駄ですわね。今はこの開放感に浸って心を休めるとしますか。
シャワーから流れ出る温水が、疲弊した私の心を癒す。この広い空間を独り占めできる優越感が、私の中で何かに反応してしまう。
「このお風呂、ううん、違うわ。こういう場所を私は知っている気がするわね。気のせい、ではないかな。だって、この感覚が懐かしいんですから」
懐かしい、か。ひょっとしたら、高校へ進学する前は、こういう生活だったのかもしれませんね。親の顔も思い出せない状態ですが……。
湯船に浸かり私はここ数日の出来事を振り返る。
入学式の日に龍二とであったこと。
魔性の力が彼に通用しなかったこと。
彼に恋してしまったこと。
私の中でそれらが鮮明に映し出された。
「でも、なんで龍二には魔性の力が効かないんだろ。そもそも、魔性の力っていつから使えるように……っと、記憶を探ると頭痛に襲われるんだった」
こんなところで、倒れたら……。龍二に裸を見られちゃうじゃないのっ。もぅ、ダメよ、それだけは絶対にダメなんだから。
もし、私がここで倒れたら……龍二は助けに来てくれるのかな。裸を見られるのは恥ずかしいけど、助けに来てくれたら、嬉しい、かな。
私はメイドの存在すら忘れ、龍二との妄想を楽しんでいた。最初はなんとも思わなかったのに、今では彼なしでは生きていけないほど。
彼のどこに惹かれたのか分からない。ひとめぼれなのか、彼の持つ何かに惹かれたのか、私は思考をそちらへ向けようとした。
「ん〜、それにしても、こんなに広いと体を思う存分のばせるわ。そうね、私は龍二のどこが好きになったんだろ。カッコイイところ? 優しいところ? それとも……」
「それは龍二様が持つ不思議なオーラだと思われます」
「──!? な、な、なんで佳奈さんがここにいるんですのっ。いつから、まさか、独り言を聞かれ……」
真横から聞こえる声に驚き、私は思わず佳奈さんと距離を取った。顔が赤いのはお風呂のせいだと、自分に言い聞かせる。
しかし、よく見ると佳奈さんは抜群のプロポーションで、これが大人の人なのだと、つい見入ってしまう。
「なぜ、と申されましても、ここはお風呂ですから、裸で入るのが普通かと思います」
「そ、そうじゃなくてっ。どうして一緒に入ってるんですかっ」
「それは体の隅々まで洗うよう、龍二様から仰せつかった、ような気がしたからです」
「り、龍二がそんなことを!? 私は自分で洗えますからっ」
『龍二』という言葉で、私の心は完全に乱れてしまう。脳内では彼とのやり取りが映像化され、何も考えられなくなっていた。
「なるほど、龍二様に洗ってもらうのが、神楽耶様のご希望なのですね。かしこまりました、今すぐ龍二様をお呼びしますので」
「──!? そ、それはダメですからっ。絶対、絶対にダメですからーーーー」
「では、私が洗わせてもらいますね?」
「ここは湯船よ、ここで洗う必要なんて……。待って、そこは、だ、ダメよ。女同士でもダメですからねーーーー」
私の胸を揉む佳奈さんを必死に引き離す。
でも、脳内では佳奈さんが龍二に変換され、思ったように力が入らない。しばらくこの広いお風呂場で、私の叫び声が響いていた。
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