第十三話 蘇った記憶 その四

 まったく、お風呂ではえらい目にあいましたわ。佳奈さんは悪気があるのかないのか、よく分かりませんでしたし。でも、龍二が呼ばれなくて、本当によかったわよ。


 私は部屋で髪を乾かしていた。お風呂場での出来事は、忘れようと心に決めながら……。


 そういえば、龍二の両親にお礼を言ってませんでしたね。私としたことが一生の不覚です。で、でも、お礼だけですからねっ、別に結婚の挨拶をするわけじゃないんだから。


 龍二との妄想しながら、私は佳奈さんに両親の部屋へ案内してもらう。彼女はその部屋の前まで案内すると、私に一礼しそのまま去っていった。その後ろ姿からは、お風呂場での出来事が想像つかなかった。


「ここが龍二の両親が住む部屋なのね。深呼吸して落ち着いて、失敗しないように……。って、お礼言うだけじゃないのっ」


 緊張でドアを叩こうとする手が震える。

 固まること数分、決心した私はドアをノックしようとした。

 しかし、中から話し声が聞こえ、悪いと思いつつも、つい盗み聞きをしてしまった。


「ジュニアよ、お前の言っていた子はあの子なのか?」

「そうだよ、父さん。僕がずっと思い続けていた、この世で一番大切な女性なんだ。そう、ずっと、ね」


 龍二の声……? それにお父さんって。二人でなんの話をしてるのかしら。私と龍二は高校で初めて出会ったはずよ。それなのに……。


 龍二の言う『ずっと』という言葉が気になってしまう。私はドアに耳を押し付けて、二人の話に耳を傾けたのだ。


「そうだな、ジュニアの気持ちはずっと変わらなかったな。あの日、二年前に出会ったあの少女をずっと想っていたもんなぁ」

「はい、初めて見たとき全身に電流が走って、これが一目惚れなんだって。でも、そのあと彼女に会うことはできませんでした」


 二年前……私が記憶を失う前ってことなの!? 私と龍二は前に出会ってたってことよね……。


「ジュニアに言われて、彼女の所在を調べるのに、長い時間がかかったからな。不思議な少女だよ、だが、どこか魅力的で懐かしい、とも思えるが」

「僕が同じ高校へ通ったのも、彼女と出会うため。と言っても、彼女は僕のことを覚えてませんでしたけどね」


 嘘、嘘よ……。龍二が私を追いかけて来ただなんて。これって、魔性の力で知らずに操っていたということなのっ。この恋は魔性の力でもたらされたの!?


 気がついてしまった事実に、目の前が真っ暗になる。それでも私は、龍二たちの話を聞き続けた。


「二年も前だからの、それは仕方がないぞ」

「はい、でも、こうして出会えたことに、僕は心から感謝しています」


 イヤ、イヤよ、そんなの絶対にイヤ。龍二に魔性の力が効かないのも、私に告白したのも……。すべては二年前に、彼を魔性の毒牙にかけていただからだなんて。

 こんなこと知りたくなかった。どうして、私は恋をしたらダメなの。どうして私には、魔性の力なんてものがあるのよ。


 気がつけば屋敷の中を走っていた。瞳に涙を浮かべ行く宛もなく、ただがむしゃらに……。このとき私の心は完全に崩壊してしまった。

 そして、何かに呼び寄せられるように、ある部屋に入ってしまう。月明かりが照らす部屋の片隅で、私はひとりで泣いていた。

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