6-5

「刀鍛冶が仕上げる段階で刃に魔物の血を吸わせるなんて、普通じゃありませんし」


 そこまでして仕上げられた刀は、人を傷つけた際には容易に薬では治せない傷を生み、人を傷つけなかったとしても、誰かを呪って貶めたいための儀式には最高に役立つ一品になる。


 そんな刀を作ることを引き受ける職人とて、そもそも真面とは言えない。

 取り出した「記憶の珠」を手渡す珠葵に、高冲鋒も考え込む仕種を見せた。


「非合法の刀鍛冶か……刑部とも連携が必要か……?」


「えっと……差し出口を挟ませて頂くなら、本来、更夜部の鄭様にも動いて貰わないといけない案件はなしかと」


 非合法の刀鍛冶、と言う部分に拘るのであれば、確かに刑部の管轄ではある。


 王都に限らず、己の技術を貨幣価値に変えて生業とする者はすべからく国の許可を必要とする。


 調理と言う使用用途もあるとは言え、その刃一つで他人の命を奪える刀鍛冶は、特に修行の有無や経験など、技術の有無以外にも厳しい条件が課せられている。


 人を貶めるための呪具としての用途としてなど、最初から作成の許可が下りるはずもない。


 その時点で既に法に反しているのだ。

 高冲鋒が、まずは刑部案件だと口にするのも、それは当然の話だった。


 そして魔物の血を浴びて呪具と化してしまったのであれば、刑部案件であると同時に更夜部の案件にもなる。


「ああ……」


 珠葵の指摘に、高冲鋒のこめかみが僅かに痙攣ひきつったのが見えた。


「ええっと……高様は、刑部とあまり折り合いが良くない、とかですか? もしくは鄭様」


 どちらかと接触をするのが嫌なんだろうかと、思わず口に出して尋ねた珠葵に、高冲鋒は思わずと言った感じで苦笑を溢していた。


「いやいや、さすがにそこまで子供じみたことを言うつもりはない。ただ、もうしばらく御史台と他の部署の間に入って動かされそうだなと、少し憂鬱になっただけだ。忘れているかも知れないが、私は地方監察から帰ってきたばかりなんだ」


 そんなことを言っている場合じゃ――と思ったのが表情に出たのかも知れない。


 分かっている、と高冲鋒は手のひらにのった〝珠〟を握りしめながら、やんわりと微笑わらった。


「ただ、こう言った際には刑部の誰と連携すべきかと考えていた。更夜部の方は、鄭圭琪一択でいいと思うんだが」


「……なるほど」


 確かに珠葵は今のところ、管浩然と張雨桐の二人しか知らない。


 仕事の内容によっては向き不向きがあるだろうから、もしかしたらその二人以外に高冲鋒が頼りになると思う官吏がいるのであれば、そちらを頼ったとて、珠葵に反対する理由はない。


 ただ。


 勝手に推薦するのもどうかとは思うが、刑部なら管浩然と張雨桐は、既に今回の件に多少なりと絡んでいる。


 刀鍛冶の件を関係がある、なし、どちらに判断を下すかは委ねた上で、彼らに伝えてしまう方がいいような気はした。


「あの」


 どう判断するかは自由だと前置きをした上で、とりあえず珠葵の方から管浩然と張雨桐、二人の名前を伝える。


 ほう……と、高冲鋒は微かに目を見開いたように見えた。


「既に鄭圭琪とも接触していて、凌北斗の件で動いている……か」


凌北斗あのバカを探しているのか、仕事として明明さ――李明玉の事件を追おうとしているのかは知りませんけど。あくまで南陽楼の小道具店ウチのおみせに事情を聞きに来たことがある、と言うだけのことなので」


「…………あのバカって」


 凌北斗の生い立ちに関して、誰がどこまで知っているのか、珠葵は知らない。


 十中八九、游皐瑛や朱雪娜は分かっているはずだが、その下はどこまでそれを把握しているのか。


 恐らく雪娜の腹心の部下である鄭圭琪は知っている。

 南陽楼で葉華の前で、凌北斗の素性に関して否定も肯定もしていなかった。


 ただそれ以外、特につい最近まで地方監察に出ていたと言うこの高冲鋒の場合は、たとえ御史中丞と言う高位職にあろうと、まだそこまで把握をしていない可能性の方が高かった。


 それが証拠に「あのバカ」と罵る珠葵に呆れこそすれ、咎めだてをしてくる素振りはない。


 ならもう、ここはそれで通してやろうと珠葵は開き直った。


 既にこの牢に放り込まれた時点で激しく腹を立てていたので、ここに鄭圭琪がいたとしても、口調を改めたりはしなかっただろう。


 んんっ、と高冲鋒が咳払いをしたのだって、およそ10代前半の少女らしくない口調と態度だと思っただけだろうと、珠葵は一人で納得していた。


「管殿と張殿であれば、刑部の中でも比較的話の通じる二人だと、私も認識している。業務の一環だったとしても、その妓女の事件に関わっていそうなら、こちらから接触をしてみよう。ああ、もちろん御史大夫である雪娜様のご意向を確認することは大前提だが」


 どうやら鄭圭琪ほどではないにせよ、高冲鋒もきちんと御史大夫、上役としての朱雪娜を日頃から立ててくれているらしい。


 高冲鋒の口調からは、雪娜への嫌悪も憎悪も嫉妬も感じられない。


 雪娜の年齢や、女性官吏であることで、見下した態度を隠さない官吏もいる中、さすがは御史台の官吏と言うべきだった。


「――お任せします」


 たとえ游皐瑛の結界があるとは言え、いつまでも事態をこのまま膠着状態にしておくわけにもいかない。


 珠葵は珠葵の判断で、高冲鋒に連絡を任せることにした。こちらからも後で呉羽か姫天に話をして、雪娜か鄭圭琪に伝えておけばいい。


「君の言う〝浄化〟とやらの作業は、今ので終わりか?」


 それならば一度この場を離れると言う高冲鋒に、珠葵は緩々と首を横に振った。


「実はまだこれからが本番です」


「!?」


「あ、でも多分、これ以上何かが見えると言うことはないと思います。高様がその〝珠〟を届けて下されば必要な情報は雪娜様か鄭様が判断されるはずです。それはそれとして、この短剣はこのままにしておいたら、いつどこで呪いに巻き込まれる犠牲者が出るとも限りませんので、このまま〝浄化〟もしてしまいます」


 本来であれば更夜部でしかるべく〝気読み〟――つまり今の「記憶剥がし」と分析を行って、おかしな儀式に呪具として使用されることのないよう、珠葵が改めて〝浄化〟を行うはずだった。


 それが本来の更夜部と珠葵との間での契約、仕事だからだ。


 だが今は、その更夜部が動けないと言う。


 游皐瑛曰く、朱雪娜を力づくで皇帝の後宮に収めようとする勢力を阻むためだ。


 だとすればこの短剣の今の状態は、下手をすると結界破りの道具にされてしまいかねないほどの、危うい状態だと言える。


 明らかに今回は、一刻も早く〝浄化〟を行ってしまうのが最適解だ。


「怪しげな儀式の小道具にされる可能性は、今のうちに潰しておかないと。もし鄭様や皇太子殿下から何か聞かれたら、柳珠葵がそう言っていたと伝えて下さい。きっと理解していただけるはずなので」


 皇帝の意図云々の話までしなくても、それだけで伝わるだろうと珠葵は確信していた。


「私が暴れたりおかしなことを口走ったりせず、ただ力を使い果たした倒れただけであれば、気にせずその〝珠〟を届けに行って下さい。途中でもし呉羽を見かけたら、一言伝えていただけるとありがたいですが」


「……しかし……」


「お願いします」


 珠葵はそう言って高冲鋒の言葉をぴしゃりと遮ると、再び息を吸って、短剣に手をかざした。


 記憶が剥がれ、禍々しさだけが残った――その短剣に。



「‼」



 ぷつ……っと、珠葵の意識は、そこで途絶えた。

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