4-2
「柳珠葵! おまえには、李明玉の死体発見現場から逃亡したとの目撃談がある! 大人しく出頭しろ‼」
「はい――⁉」
店の外から聞こえてきた怒鳴り声に、珠葵はどういうことかと思わず声を上げてしまった。
「死体⁉ 逃亡⁉ 意味が分からないんだけど‼」
……と、店の中で叫んだところで、聞いているのは龍河と桜泉だけだ。
恐らくは妓楼の経営者である燕子墨が、店の中に入って来る前に、宥めるか引きとめるかしてくれているのだと思われた。
【……嫌な予感がする、珠葵】
白い毛で覆われた子龍の姿で、葛籠に包まっていた龍河が顔を上げ、珠葵の頭の中に話しかけた。
「リュウ君?」
【大声で叫んで周囲の注意を引き付けておいて、何人かが神獣を探せと指示されているようだ】
「え⁉」
人の形を取れないだけで、龍河が今現在持っている「力」であれば、離れた場所でのナイショ話も耳にすることが出来る。
珠葵は龍河の能力を疑ってはいなかった。
どういうことかと聞き返すよりも早く、古びた机の引き出しから笛を取り出して、
「ハーイ! 呼ばれて飛び出て――」
「――ラン君ごめん! 挨拶は後でイイから、とりあえずリュウ君とおせんちゃんをラン君の
紺碧の色と赤色の目立つ色を身に纏って、長い尾っぽを垂らしながら霊鳥が天井から降ってくるのは、もう慣れた。
「ハイ⁉」
「ごめん、説明はあとでする! 狙われてるみたいだから、ほとぼりが冷めるまで匿ってあげて!」
龍河と桜泉は「【珠葵⁉】」と、揃って声をあげているけど、今は無視だ。
珠葵は龍河と桜泉とまとめて葛籠に放り込んで、碧鸞に持ち手を咥えさせた。
「⁉ ――っ⁉」
いきなり葛籠を咥えさせられた碧鸞が、ふごごと軽く抗議をしているけど、それどころではない。
珠葵が「行って!」と声を荒げたところで、碧鸞も事態が切羽詰まっているのを感じたのか、一度羽根を大きく羽ばたかせて、天井近くの何もない空間の中に葛籠ごと姿を隠した。
多分あれでしばらくは、人の手の及ばない霊鳥の郷で保護される筈だ。
珠葵は見たことはないが、碧鸞以外の霊鳥たちだって、神獣である白龍の子を、まさかどうこうしようとは思わないだろう。
怒鳴り声が近付いてきている。
禁軍相手となると、子墨さんも制止するのに限界があるのかも知れない。
多分、葉華さんが出てくれたとしても、彼らは怯まないだろうからだ。
「……呉羽、いる?」
姫天は今、珠葵以外が使役をしている魔物たちも住まう、
以前に雪娜が教えてくれた。
御史台更夜部が仕事として狩る魔物は、常夜の闇の空間で、彼らだけの棲家を確保しているらしいが、一度更夜部の手に落ちて、人への隷属を誓った魔物たちに関しては、それとは別に、専用の空間が存在しているらしいのだ。
そこは魔物たちの疲労やケガを回復させる不思議な気配に満ちているそうで、珠葵は実際に見たこともないが、これまで姫天が幾度も出入りを繰り返しているため、その存在は疑いようもないと言うのが実状だった。
そうそう都合よく、エサとしての〝珠〟が手に入るわけではないのだから、そこは次善の場と言って良かった。
その空間に隠れてしまった今の姫天は、王宮との往復で消費した力が回復するまでは、表には出て来ない――と言うか、出て来られない。
人の側からはどうにか出来る空間ではないため、こうなってしまえば姫天自身は狙われないと言う安心感はあるものの、更夜部に報告に行かせるモノがいないのもまた確か。
恐らく更夜部は、まだ禁軍が動いているのを知らない。
引き算した結果、珠葵が今頼れるのは、妖狐の呉羽しかいないのである。
呉羽は、他の妖たちと違って、珠葵に構うのは気まぐれだ。
雪娜つながりで、珠葵を構っているようなものだ。
それでも、他の手札は今の珠葵にはなかった。
「……おう。ちょうど碧鸞の郷にいたからな。ああ、あの子龍どもは無事に郷に着いていたから、まあ心配ないだろう」
ややあって、珠葵の声に呼応するかのような、そんな声が聞こえた。
気付けば奥の部屋とを隔てる戸の隙間から、黄金色の尾が4~5本揺れているのが垣間見える。
「そっか……無事に着いてるなら、ちょっと安心かな。ありがと、呉羽。それで悪いんだけど――ついでにコレ、預かっておいてくれないかな」
顔は店の入口の方を向いたままで、珠葵は足元から奥に向けて、手にしていた笛を勢いつけて転がした。
「多分そのうち、てんちゃんの力も回復すると思うから、事情を説明して、渡して欲しいんだけど……」
一見すると音の出ない壊れた笛のようだが、
万が一にも奪われると大変なので、今は珠葵が持っているべきではなかった。
「まあ……アイツらのいる郷と『道』が直結することになるからなぁ……」
声は不満げながら、それはいいことではないと呉羽も理解はしているんだろう。
ゆらゆらと揺れた尻尾が笛を捉えて、そのままスッと部屋の奥へと引っ張られていった。
どうやら、預かってくれるようだった。
「ありがと、呉羽」
「……何なら、俺がおまえを郷に連れて行ってやってもいいぞ? 俺は別に笛いらずだし、碧鸞の郷は入り放題、出放題だ」
ぶっきらぼうな言い方ではあるが、呉羽なりの心配なんだろう。
珠葵は見えない範囲で口元を綻ばせた。
「うーん……出来ればそうしたいんだけど、私まで姿をくらましちゃうと、巡り巡って更夜部に迷惑かかっちゃうしなぁ……」
――主に雪娜に。
多分ちょっと調べれば、御史台更夜部と珠葵の店、すなわち道具の浄化に関わる繋がりはすぐに分かる筈だ。
龍河や桜泉と暮らしていることも含め、ある程度の情報は開示されているのだ。
守護龍の子、白い子龍の存在が仄めかされた時点で、国が関わることになる――と、大抵の官吏は「触らぬ
親龍である龍泉の逆鱗にも触れたくないし、妓楼の妓女たちに総スカンを喰らうのも困るからだ。
けれど今、その暗黙の了解を相手は壊そうとしている。
これは、珠葵は「消えるべきでない」と、判断せざるを得ないのだ。
「うん、今はいいや。命の危険でも出てくればお願いするかも? ――あ、てんちゃん戻って来たら、こっそり私のところに来るよう伝えて貰おうかな? てんちゃんなら、私がどこに連れて行かれても忍び込めるだろうし」
「連れて行かれる前提なのか、おい」
「あの勢いだと、そうなるんじゃないかな」
「…………」
小首を傾げる珠葵に、呉羽の尾が苛立たしげに床を叩いた。
「そう言う自己犠牲上等的な精神は好きじゃない。だがまあ……虎穴に入らずんば虎子を得ず、とかって諺もあるようだしな。珠葵はおとなしく隠れているタマじゃないもんな」
「失礼……って、言いきれないか……」
思わず自分でも納得した珠葵に、呉羽の尾が今度は愉快そうにくるくると回った。
「分かった。じゃあ、もし外で騒いでいる連中がおまえをどこかに連れて行ったとしても、手は出さずに見送るぞ? あとで御史台や姫天に文句つけられても、ちゃんと説明してくれよ?」
「もちろん!」
耳を傾けてくれるかは分からないが――などと言う心の声は、懸命にも珠葵は呑み込んだ。
店の入口の扉が声掛けもなく開け放たれた時点で、ここまでだと珠葵も呉羽も悟り、それと同時に珠葵の視界から、黄金色の尾がスッと消えた。
「柳珠葵だな⁉ 王宮まで我々と来てもらうぞ!」
――凌北斗が一人で乗り込んで来た時とは違って、どうやら拒否も反論も難しいだろうなと、いっそ静かな目で、珠葵はそれらを見つめていた。
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