泡沫に集うものたち(後)

「どういうことだ!」

「そうよ、珠葵ちゃんが牢って!」

「呉羽! さっさと碧鸞の郷に珠葵も連れておいでよ! 出来ないわけないだろう!?」


 龍の兄妹と霊鳥それぞに叫ばれた呉羽が、狐の姿でも不機嫌と分かるほどに顔をしかめた。


「だぁっ、うるせぇ!」


 居並ぶ中では、見た目の体長に関わらず、狐姿の呉羽が一番年上となる。

 怒鳴られた側は皆、何とも言えない表情で黙り込んだ。


「諸悪の根源、どこぞのバカ官吏と一番直前まで一緒にいたのが珠葵だっつったら、そら事情聴取くらい喰らうだろうよ!」


 実際は、数名の官吏と皇太子に盛大に愚痴っただけ。事情聴取も何もなかったのだが、一応、そう言う目的で連れて行かれたはずなのだ。


「何でよ! ちょっと街中で出くわして、屋台で買い食いしただけなのに! 死体だなんだって騒ぎになった時には、面倒ごとに巻き込まれる予感しかしないからって、あのバカ放置で南陽楼おみせ戻ったのに!」


 どこぞのバカ官吏、が誰のことかすぐに思い至った桜泉がいきりたっている。


(凌北斗、だったか? 実は誰にもマトモに名前を呼んで貰ってなくないか?)


 自分もバカ呼ばわりしていることは棚に上げたまま、呉羽が思わず小首を傾げる。


 今ごろ自分の住居にも職場にも近付けず、どうしたものかと手詰まりになっているような気さえするが、かと言って呉羽には庇う義理も理由もないため、その哀れみもほんの一瞬のことだった。


「理不尽だとは、そりゃ思うが。だが考えてみれば、有象無象が便乗して珠葵の貞操やおまえら龍兄妹を自陣に引っ張り込もうと狙うのだって間接的に防いでいるわけだからな。殺意を持った『客』でも近付かねぇ限りは、あのままが一番なんだよ」


 普段なら、北衙禁軍の牢だ。ただ罪人を放り込んでおくための牢と言ってもいい牢のはずだ。

 御史台更夜部のようなを揮う者や人外のモノが来てしまえば、防御としてはかなり弱いモノになる。


 ところが今回は、その牢に皇太子・游皐瑛の出入りがあった。

 しかも閉じ込められているのは、朱雪娜の秘蔵っ子、小龍たちをも手なずけているとさえ言われる柳珠葵。

 恐らくは、大っぴらには気付かれない程度の保護術を周囲にかけているはずだ。


 微妙に気配が気持ち悪いのだ。自分の感覚は間違っていないはず――と、呉羽は思っていた。


「でも、呉羽……!」


「だから、何のために今『分身』使ってこっち来てると思ってんだよ。何かあったら速攻戻れんだよ。それに今、姫天が王宮内を駆けずり回ってバカ官吏を探してる。見つかれば珠葵の前に引きずり出して、これまでのアレコレ吐かせてやるから心配すんな! おまえらは、自分が狙われている自覚を持て!」


 そう。

 小さな龍の兄妹が懐いているという意味で珠葵はしょっちゅう狙われているわけなのだが、裏を返せば国を守護する龍の子自体がとてつもない力を保持しているため、目を付けられている。

 狙われているのはどちらもお互い様なのだ。


「姫天が……」


 霊力を持つ鳥である碧鸞も、実はしょっちゅうその羽根を欲しがる狩猟愛好家たちに狙われていたりするのだが、意外にも姫天と呉羽は、その「狙われている」枠組みに収まってはいなかった。


 朱雪娜の母親と共に長くあり、その母親が亡くなってからは、雪娜の近くをウロウロしている呉羽のことは、なぜか認識をしている人間が少ない。呉羽自身、特定の人間以外の前には、滅多に姿を現すことがないと言うのも理由の一端だろう。


 姫天もまた、よくよく視線を落としてみれば……とのレベルで視界にようやく入ってくる、小さな白い貂がその本来の姿であり、外から悪意を向けられることが少ない。


 隠密行動と調査に向いていると呉羽は見ていた。


「って言うか、そもそも南陽楼おみせに小物を売りに来ていた妓女のダンナを探せばいいじゃないの! 呉羽なら出来るでしょう!?」


「おま……っ、ふざけんなよ、桜泉! いくらなんでもそこまで出来るか! やってやれないことはないが、それだって珠葵が持ち込まれた小物から〝珠〟を作り出してからの話だ!」


「……結局出来んじゃん、呉羽」


 ポツリとツッコミを入れたのは、碧鸞だ。

 龍河はジト目で呉羽を見つめている。


 呉羽はゴホゴホと咳払いをすることで、場の空気を自分寄りに変えた。


「阿呆か。勝手にやったら、更夜部の連中か、下手すりゃ雪娜が激怒する。珠葵を牢に放り込んだ時点で、連中だって実行犯を許しちゃいねぇぞ?」


「実行犯」


 不穏当と言える発言を気にする龍河に、呉羽はニヤリと口の端を上げた。


「直接的な実行犯は分からんが、どこかの若旦那と妓女を巻き込んで、バカ官吏を表舞台に引っ張りだそうと画策したヤツがいるのは間違いない。何なら龍の兄妹も取り込めれば理想的と思ったのかも知れないな」


「それが浅慮だとは――」


「まあ、思わなかったからこそ、こうなってるんだろうな。個人の特定はまだ出来ちゃいないが」


「…………」


 ふわふわ、だのモフモフ、だのと珠葵が喜ぶ龍河の毛が、今は怒りで逆立っている。

 守護龍を祀る人間の側からすれば背筋も凍る光景なのかも知れないが、生憎とここは霊獣たちの集う里。


 むしろ同調しかねない空気がそこにあった。


「呉羽」

「ああ」

「ちゃんと実行犯探し出せるんだろうな」


 呉羽とは違い、珠葵を慕う龍や鸞、貂たちだが、存外呉羽は彼らを気に入っているのだ。


「ちょっとは姫天にも期待をかけてやってくれ」


 敢えてそのことは言わず、仲間意識があるだろう姫天の名前を出して、ここは微笑わらっておく。


「……そうだな」

「そうよね! てんちゃんも、珠葵ちゃん大好きだもんね!」

「お仕事こなしたら、郷に連れて来てもいいよ、呉羽!」


 龍河、桜泉、碧鸞それぞれの発言に満足した呉羽は、くれぐれもこの隠れ郷からは出ないように言い置いて、自らは郷を出た。


 向かう先は、再び北衙禁軍管轄の牢だ。


「さて……そろそろ珠葵が〝珠〟を作った頃か……?」


 戻ったら姫天の居場所も確認しないといけない。

 忙しくなりそうだ。


 けれど何故か呉羽も、それを不快なこととは思ってはいなかったのだ。










◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


いつも読んで頂いて有難うございます!

小説家になろう、のネット小説大賞一次選考通過に伴い、取り急ぎエタってません! と叫ぶためにも何とか一話仕上げました……!


今は新作完全書下ろしオファーをいただき、それに取り掛かっておりますが、なんとか合間をぬって書いていきたいと思いますので、引き続き宜しくお願いします……!m(_ _)m

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