3-4
「……で、いくつ? いくらまで?」
屋外に立ち並ぶ露店の前で、珠葵が立ち止まる。
「……は?」
何を言っている、と言わんばかりの凌北斗に、珠葵は半目になった。
「ま・さ・か、串焼き1本とか言わないよね? いくら下っ端でも、官吏なんだから私よりはお金あるでしょうよ! 私の分と、おせんちゃんと、てんちゃんと三人分! 1本だのお饅頭1個だのと、ケチな話はしないよね?」
「三人って、そいつら――」
人じゃないだろう、と北斗が全てを言ってしまう前に、ちょっぴり迫力の足りない珠葵の代わりに桜泉が、肩を怒らせて北斗を睨みつけた。
「勘違いするな」
普段は珠葵と一緒に軽い口調で話すことの多い桜泉だが、そうではないことも往々にしてある。
特に今は、この凌北斗にはロクな印象がないだけに尚更だった。
「こっちは無条件で話をする謂れはないと言っているだけ。今、ここについて来たのは珠葵が妥協したから。おまえの方から珠葵に強気に出られる立場じゃない。弁えるのは、おまえだ」
「なっ……」
珠葵としては、桜泉も姫天も「友達」だと言いたかっただけなのだが、どうやら桜泉は、珠葵が白と言えば黒いモノも白い……ぐらいの勢いで話をしているようだ。
とは言え珠葵としても、口元を
帰ろうか、と桜泉と姫天に対して口を開きかけたのが見えたのかも知れない。
北斗は舌打ちをしながらも、上着の内側から何か――お金が入っていると思しき袋を取り出していた。
そしてまさかの金貨を取り出そうとしているので、珠葵は「わあぁぁっ⁉」と、慌てて北斗の手を掴んだ。
「もしかしたら、と思っていたらもしかした! あのね、こんな一般市民の生活しているような路上で銅貨以外のお金を出したら、襲ってくれと言っているのと同義語でしょ⁉」
金は土地建物、王族関係費、王宮内厨房で使用されるとりわけ高級な食材を扱う際の費用と言ったあたりで存在をしているようなものだ。
銀は金と銅の間で、両替の仲立ち的な役割も担っている場合が大方。
最後、銅貨が、ほぼほぼ下町でのみ通用するお金と言うことになるのだ。
「もう、やだ……このお坊ちゃん面倒くさい……」
「なっ⁉」
北斗が珠葵の抗議の声を聞き咎めて、声を上げていたが、珠葵の方がまるっとそれを無視していた。
ずいっと手を伸ばして「ハイここに
「あ⁉ ……ああ」
完全に気圧された形になって、珠葵の手のひらに銅貨が5枚、チャラチャラと転がる。
「今度から、王宮でお金を使うなら金貨、外へ出るなら銅貨、金貨をいきなり銅貨にすると大変なことになるから、銀貨を間に挟んで、小出しに両替をすること!足元見られて何の事情聴取も出来ないよ⁉」
一気に言い放った珠葵は、手のひらの5枚の銅貨をぎゅっと握りしめた。
「仕方がないから、この分だけ話は聞いてあげる」
「……んで、そんなに上からなんだ!」
「そりゃ、そうでしょ! そもそも、私の方に話はないんだから」
相手の話をぶった切った珠葵は、手にした5枚を桜泉の手のひらにチャラチャラと移した。
「おせんちゃん、これで何か買って来てよ。串焼きとお饅頭と、適当に組み合わせて」
「え、珠葵とコイツ置いていくの?」
桜泉は一瞬、嫌そうに顔を
姫天を珠葵の傍に残すことだけは折れずに、自分一人で食べ物を売っている市場の人ごみにまぎれた。
「とりあえず、おせんちゃんが戻って来るまで、あのあたりの石塀に座らせて貰おっかな」
珠葵の指さした先には、腰の高さに満たないほどの石塀が続いていて、ちょうど座りやすい高さになっていた。
見れば等間隔に腰を下ろして、屋台の食事を食べている人たちがいた。
人がいるようで、あれなら逆に屋台の食事を食べようとしていると思われて、景色にまぎれる可能性が大だった。
姫天がヒョイと珠葵の肩に乗って、北斗の方は敢えて無視する形で二人(?)でスタスタと歩く。
「だいたい、話って言われても困るんだよね。
歩きながら話す珠葵の敬語は、とうの昔に遠くに追いやられていた。
そしてどうやら北斗の方も、そこはようやくと言うか、諦めたらしかった。
「おまえの店は質屋なのか? と言うか、おまえの年齢で何故、店が持てる? しかも妓楼の中だなどと」
「店の成り立ちについては、更夜部と刑部の
「……っ」
いちいち感情が表に出るのも、この青年の良くないところだとは思うが、珠葵もそこまで助言をしようとは思わない。
自分よりも年上なのだから、自分で気付けと声を大にして言いたい。
「質屋と言うのは、さほど間違いじゃないけど。でもどちらかと言えば、買い取った小道具類を若手の妓女に安価で貸し出す、貸し小道具店と言う方が近いと思うよ」
「では、李明玉から買い取った品々を、貸出に回すつもりだったのか?」
「そう言うお店だもの」
「買い取り価格で揉めたりは?」
珠葵はそこで、僅かに眉を顰めた。
なるほど、まだどこかに私への不信感が残っているらしい。
「そりゃあまあ、ウチのお店に売りにくる場合は、当座の資金を必要としているか、借金返済に充てたいか、そんな妓女が多いよ? 下の子の為に寄付――なんて言うのは、葉華
向こうも向こうで、葉華にはすっかり苦手意識が染みついたのか、珠葵と同じような眉の顰め方だ。
「……質問に答えていない」
「ああ、揉めたことがあるかって話? 揉めると言うよりは、額に不満な妓女はゼロじゃない。じゃないけど、そこは追加報酬を乗せることで、最終的には皆納得するよ?」
「追加報酬だと?」
「言ったじゃない。ウチは貸出も兼ねてるって。だから最初の買い取り価格が不満な妓女には、その後の貸し出し費用の中から利益を分ける話をするの。だって多少の傷や汚れがあったとしても、多くの妓女が借りたいって言うなら、それは価値があるってコトでしょう? その時点で利益を追加で払うと言えば、皆納得するもの」
正直これは、珠葵が考えたコトではなく、店を開店させるとなった時に、朱雪娜が考えた案の一つだけれど、そこはいちいち説明はしない。
「……それで、李明玉は?」
「明明さんは、こちらの言い値で納得して帰って行ったけど? とにかくもう、縁起悪いし腹立つし、手放してしまいたい! って凄い剣幕だったから」
どうしても、凌北斗の方は妓女名を言いたくないらしい。
もちろん、珠葵も本名の方は口にしない。
どちらも意地っ張りだと、言えなくもなかった。
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