3-5
「珠葵ぃー! 鳥の串焼き三本と謎肉のお饅頭が二個買えたー!」
取り立てて前回より話が進展しない内に、桜泉が屋台からこちらへと戻って来た。
鳥ってニワトリじゃないのか……とか、謎肉って何だ……とか、貂と龍の子(人の姿中とは言え)が、それを食べて大丈夫なのか……とかは、聞いちゃいけないのかも知れない。
銅貨5枚で買える範囲、しかも自腹じゃないのだから、ここは「ありがとう」で受け取る一択だと、思うよりほかなかった。
しかも多分わざと、桜泉は串焼き1本と饅頭1個を珠葵に渡して、あとは自分達で持ったままにしていた。
凌北斗にやるモノなんてないとでも言いたげに。
「おせんちゃん……さすがに道の往来でコノヒトだけ手ぶらだと目立つから……」
どうどう、と宥める珠葵に、桜泉も渋々串の1本を北斗にずいっと押し付けた。
ただ「俺の金……」とか呟いているのは、桜泉ともども聞かなかったことにする。
「そもそも、おにーさんはどうして、そう明明さんに拘るの?刑部の手順やら御史台更夜部との取り決めごとやら、全部まるっと無視してまで」
とりあえず両手が塞がるのがイヤなので、先に串焼きにかぶりつきながら、珠葵が北斗に問いかけた。
人づてながらに「凌北斗」と名前を聞いてはいるが、鄭圭琪の様に「様」付けで呼ぼうと言う気は、現状微塵も起こらない。
まして、鄭圭琪がそうしていた様に名前を呼び捨てるのも無理だ。
珠葵自身が、この目の前の青年と、そこまで親しくない。
諸々考えたうえでの「おにーさん」であり、彼自身、内心でどう思っているのかはともかく、珠葵がそう呼んだことには文句を言わなかった。
「…………」
それでいてすぐに答えないのは、好き嫌いの感情とは別に、言いたくない事情が何かあると言うことなんだろう。
……忖度する義理はないけど。
なら、とっととお饅頭もみんな食べちゃって帰ろうかと思ったら、そこでようやく、北斗が視線を地面に落としたまま、重い口を開いた。
「……最後に会ったからだ」
「え?」
「オレの育ての父親が、最後に会ったと思われるのが李明玉だからだ」
「――――」
私情込みの暴走、と今朝がた圭琪が言っていた理由の一端を、珠葵はそこで悟った。
「えーっと……明明さんだけじゃなく、おにーさんのお父様も、いない……?」
「
「…………」
空になった串と、これから食べようとしていたお饅頭を左手に、珠葵は右手で自分のこめかみをもみほぐした。
見れば桜泉も姫天も、串焼きの鳥肉を頬張ったまま、鋭い視線をこちらへと向けている。
確か「公平性の維持」と言う点で、身内が犯罪を犯した、あるいは巻き込まれたりした場合には、調査には関わってはいけないと言う規定が、王宮内、部署に関わらず定められていた筈。
珠葵は身内なんていないと聞き流していたけれど、規則として覚えておくようにと、朱雪娜からは言われていた。
そう考えれば、目の前のこの青年、いったいいくつ規定違反をやらかしているのか。
(まあでも、分かっていてやっているんだろうし、指摘すれば逆ギレ決定だよね、コレって……)
傍目には御史台更夜部の出先機関の様に思われている現状から言って、珠葵が刑部の在り方に口をだすコトは、実はあまりよろしくない。
たとえ態度に腹が立とうと、珠葵もそれくらいは分かるのだ。
「えーっと……その、亡くなったお父様は……日ごろから明明さんのところに……?」
躍起になって探すくらいだから、かなり入れ込んでいたんだろうか。
そう思って聞いた珠葵だったけど、かえって青年に睨み返されてしまった。
「違う!
「……薬師……」
珠葵は我知らず眉を
薬師。
生薬による処方、調剤、調合、場合によっては治療までもを行う、かなり社会的地位の高い職種。
最終到達地点は王宮において雇用されることだが、そうでなくとも王都で開業を許されている時点で、腕なりコネなりがあることは間違いない。
むしろ妓女よりも狙われる理由があるだろうと言いたいくらいだった。
何か内密で薬を調合した。
頼まれて調合した薬が、非合法な目的に使われた。
明らかに裏があると思われる薬の調合を依頼され、それを拒否した。
などなど。
珠葵の頭で考えるだけでも、いくつか動機は思い浮かぶくらいだ。
「だけの筈……ってコトは、明明さんに確認は取れなかった……?」
「取りに行ったら、おまえの店に行った後から行方不明だと分かったんだ!」
苛立たしげに北斗は叫んでいるが、ほとんど八つ当たりじゃないかと内心で珠葵は愚痴ってしまう。
「……ウチに薬は持ち込まれてないけど? って言うか、ウチは貸し小道具屋兼質屋だし。持ち込まれたって、買い取りのしようもないし」
何なら、薬だの薬師だのと言う単語だって、会話には出なかった。
敢えて冷ややかに言い返す珠葵に、北斗がグッと言葉に詰まる。
「うーん……事件が起きた時に身内は関わるなって言う王宮内の決まりごと、こうして見ると正しいものなんだなと思うよねぇ……」
「なんだと⁉」
「だって、それだけ冷静に話も出来ないんじゃ、誰も証拠一つ出してくれないだろうし、思い出したくとも思い出せないと思うよ? 自分が思う筋書きに添わない証拠なんて受け入れられない――そんな感じに見えるもの」
「おまえに何が――」
「アナタの気持ちは分かる、なんて一言も言ってないじゃん。まあ刑部官吏として、捜査に向いていないことは私でも分かるけど」
「……っ」
北斗の持っていた串焼きの串が、音を立てて折れた。
その瞬間、刺さっていた鳥肉が地面に落下――はせず、目にもとまらぬ早業で、姫天が咥えたり抱えたりしていた。
「あっ、てんちゃん、タレで汚れるじゃない」
思わず場にそぐわないことを叫んだ珠葵の頭の中に【もったいない!】との姫天の声なき声が響く。
「よくやった、姫天! 一緒に食べてやる」
珠葵と北斗のやりとりは完全無視した桜泉が、姫天を珠葵の足元から「回収」している。
「って言うか珠葵、もういいと思う。串焼きと饅頭代分くらいは質問に答えたよ。それにこれ以上遅くなっても、妓楼に迷惑だし」
貂をつまみあげて、鳥肉を一部摘まみあげながらも、桜泉の言っていることは、かなりまともだ。
「……確かにね……」
とりあえず、妓楼がもうすぐ開く時間に、帰宅が遅れるのは良くない。
珠葵も自分の手にあったお饅頭の欠片を口の中に放り込んで立ち上がった。
「じゃあ、帰るね」
「待っ――」
このうえまだ何が聞きたいのか。
北斗が珠葵に向かって手を伸ばしかけたところで、別のどよめきが場に満ちた。
「大変だ!川べりに女の死体が流れ着いてるってよ!」
「誰か自警団の詰め所に連絡しろ!」
そんな声も、どよめきの中にまぎれる。
「珠葵……」
「うん、私には野次馬根性はないから。帰ろうか」
そうでなくとも本能が、関わり合いにならない方が良いと警告していた。
「……おい、案内しろ! 刑部官吏・凌北斗だ!」
たとえそう言って、北斗が走り出して行こうとも、だ。
「鄭様に連絡かなぁ……私、刑部官吏の誰も、連絡先って知らないし」
戻って鄭圭琪に連絡しよう。
そう思った。
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