第六章 一芸一能の誇り

6-1

「うーん……凌北斗かれを市井に捨て置かれると、さすがに各方面不都合が多いかも知れない」


 口元の笑みを消した高冲鋒がそんな風に言い、珠葵は凌北斗の素性を、目の前のこの男も知っているのだと悟った。


「もう育ての父親が亡くなって、隠しておけなくなったからですか?」


 なので、珠葵も「知ってますよ」のていで口を開くと、高冲鋒は一瞬だけ、驚いた様に目を瞠っていた。


「……ありていに言えば、そう言うことかな。そもそも人ひとり、王宮の名だたる〝力〟の保持者たちから隠し通してきたことだけでも、皆驚きだったみたいだし。正直、今すぐ同じだけのことをやってのけられる人間は、限りなくゼロに近い気がするね」


「殿下と雪娜様と……もしかしたら皇帝陛下、と言ったところですか?」


 珠葵が敢えて該当しそうな人物を何人か挙げてみたところ、高冲鋒からは、困った様な微笑しか返ってこなかった。


「もしかしたら――の先は、難しいかも知れない。不敬罪に問われても困るから、これ以上は言わないけどね」


「!」


 と言うことは、游皐瑛と朱雪娜の二人しか同じことは出来ないと言うことか。


「じゃあ凌北斗の養父は何者だと言う話になるけど、それはそれで間違いなく街の薬師なんだよ」


「え、でも……」


「君の〝浄化〟に似ているとでも言えば良いのかな? 普段の仕事とは別に、結界を張って維持することに突出した才能があった。自分の身も守れないほどの力しかないはずが、薬を調合するかの如く少ない〝力〟を練り上げて、人ひとり隠せるまでに技を磨いたんだよ」


「あ……『一芸一能』の術者だったんだ……」


 一芸一能。


 一つの技芸や才能。何か特別な一つの技に秀でていること。


 珠葵も〝浄化〟と言う、その『一芸一能』を買われて小道具屋を営んでいる。

 凌北斗の養父も、その力を北斗を護るために極振りしていたと言うことか。


 実父である当代皇帝の目から隠すために、母親の方がその養父に頼んだのかも知れなかった。


「私はそう言った呼称や術者の分類なんかにはあまり詳しくはないが、多分そう言うことなんだろうね。王宮とは関わらせずに過ごさせたいと思っていたはずが、養父の死でその存在が明るみに出てしまったんだろう」


「でも……それだと明明さ――李明玉さんが、凌北斗の養父に近付いた理由が分かりません。だってその時点なら、凌北斗カレはまだ護られているはずですよね?」


「さて……その辺りは、李明玉に入れ込んでいたと言われている若旦那とやらが関係していそうだね。李明玉が死んでしまったからには、次はそこに聞くしかないだろうから」


 高冲鋒の言葉に珠葵が小首を傾げる。


 だとしたら、凌北斗がそこを探っていそうなもので、一人や二人や三人の目撃者がいても良さそうなものだった。


 いや、とっくに張り込みがいて、近付くことも出来ずにいる可能性もあった。


「うん、きっと君の考えている通りだろうね。妓女が殺されたとなれば、誰でも最初に疑うのは男女の痴情のもつれ。最初に動くのは刑部だ。御史台は妓楼の経営に不審な点があれば動くし、御史台更夜部は妓女の死因に人外のモノが関わっていると分かって初めて動く。それが互いの職務、職域だからね」


 年の功、と言ってしまうと怒られるに違いないが、基準が凌北斗と言うことで高冲鋒には甘受して貰おう。

 ともかく彼は珠葵の表情を読むのが上手いし、会話も自然だった。


 荷物を届けに来ただけと聞いていた筈が、気付けばあれこれと話をしてしまっていた。


「あ……確かに最初、明明さんが行方不明となった時に動いたのは刑部でした。凌北斗あのバカもそうですけど、管浩然さん、張雨桐さんって言う官吏が南陽楼まで来てましたから」


 刑部、御史台、御史台更夜部は職務が重なるところもあってか、交流とは言わないまでも所属している官吏同士の顔と名前は一致しているらしい。


 珠葵が出した二人の官吏の名前に「ああ」と、すぐに思い至っていたようだった。


「あの二人は中立派官吏の筆頭みたいな二人だからね。君に対して、あまり偉そうな態度に出たりはしなかっただろう?」


「そう……ですね」


「御史台更夜部は、多分ほぼ雪娜様派だと思うけど、御史台の本店や刑部には、皇帝派官吏、皇太子派官吏が少なからずいるからね。一枚岩だと思わない方が良いんだ」


「だから凌北斗あのバカも近寄れない……?」


「恐らくね。単純に事件の話を聞きたい管や張なんかに加えて、皇太子派への牽制に彼を囲い込みたい皇帝派官吏なんかも待ち構えているだろうから。さすがに両方から一度に逃げ切るのは難しいんじゃないかな」


「…………」

「うん?」


 皇帝派、皇太子派云々と言った話は丹劉帆も似たようなことを言っていた。

 それだけ王宮内では対立が目立つと言うことなんだろうか。


「殿下と陛下の対立は……王宮内では有名なんですか?」


 珠葵は朱雪娜や鄭圭琪くらいしかこれまでの交流経験がないため、王宮内の力関係がどうのと言う話はまったく分からない。何ならしょっちゅう王宮に「出入り」をしている姫天や呉羽の方が詳しいかも知れない。


 高冲鋒も、つい最近まで王都にいなかったと言っているはずなのに――。


 珠葵がそう思いながらじっと見ていると、言いたいことが分かったのか高冲鋒は微かに口元を綻ばせた。


「まあ、君にとっては私も不審人物か。警戒は大事だ。で、それはそれとして今の質問に答えるなら――まあ、有名だね。逆に知らない人間がいたら、そっちを疑った方が良いレベルの話だよ」


「え」


「陛下の政策、殿下の献言、どちらであっても必ず一度は退けられているんじゃないかな。国の将来を考えての建設的な意見の交換――なんて建前を信じている人間なんて、片手の数にも満たない」


 そんなにか、とつい珠葵は言いそうになってしまった。


「凌北斗本人にそのつもりがなくとも、今や彼は後継者争いの台風の目の様なものだからね。本人の意思がどうであれ、傀儡として玉座に就かせる手段、つまりは洗脳の力があれば良いと思う奴らだって出て来るはずだ」


「それは……」


「余計なことに利用されないうちに、彼は探すべきだろうね」


 私もそう思うよ――と、高冲鋒は珠葵の内心を掬い上げるかのように、そう言ったのだった。

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