閑話 霊鳥の郷
泡沫に集うものたち(前)
「
日頃生活している小道具店では、
人の住まう世で、人外の存在である龍が生きていくには、それだけでも〝力〟を必要とする。
己の身体を維持するためには、食料としての
国の守護龍である父・
人に襲われ、怪我をさせられてしまった龍河の回復はまだ充分ではなく、かろうじて人の頭の中に直接声を届ける〝念話〟が出来るだけだった。
「碧鸞!」
だが、人の住まう世界と切り離された場所であれば、話は別だ。
龍河は籠の中から、猛スピードで飛翔する霊鳥に向かって声を荒げた。
小さな龍の姿ではあるが、大怪我を負った龍河にしろ、龍河よりは軽傷だった桜泉にしろ、未だ自力での飛行は危うい。
さすがに、どこかも分からないところで籠から飛び出すわけにもいかないため、龍河としても叫ぶしかないのだ。
勝手に飛び降りたが最後、人の世どころか常世の闇の中を永遠にさまよう羽目に陥りかねないのだから。
「…………!」
対して叫ばれた碧鸞の方は、最初こそもごもごと何か呻いていたが、すぐにそれが自分が籠の持ち手を咥えているからだと気が付いたんだろう。
そこから、龍河とは真逆の方法で意思を伝えてきた。
【降りてどうすんのさ! 珠葵がキミらが危険だと思ったから、こうやってボクに避難させてるんだろう⁉︎ 台無しにする気⁉︎】
正論である。
普段は、あの得体の知れないキツネと
ぐっと言葉に詰まった龍河に、
「とりあえず、碧鸞の郷に行こう? それから
「桜泉……」
【そうそう。言いたかないけど姫天の存在は、龍を支配下に置こうなんて浅はかなことを考える連中にとっては、視界にも入ってないはずさ。こっちにとっては一番動かしやすい。正直、人間の姿を取れないボクも目立つだろうから、ボクとしては姫天と
碧鸞とて霊力のある神獣だが、言い伝わる由来は旅人の守護者。
道に迷う者を先導するための存在と言われていて、大きくなったり小さくなったりと言った程度の
現在の
――ただ一体、例外が存在することは一部の人間にしか知られていないのだ。
龍河の目元がピクリと動いた。
「呉羽……」
倣国ではない、おいそれと人の身では辿り着けない遠い国から来たとしか、誰もその素性を知らない九尾の狐。
恐らくは、父・龍泉に匹敵する力を隠し持っている気はひしひしとしているものの、常に本人が煙に巻いているため、本当のところは定かではない。
【いや、そりゃぁさ、呉羽はボクらと違って、珠葵でも雪娜でもなく、雪娜の母親を主と仰いでいた――いや、今も仰いでいるのかな? とにかくそんなだから、龍河クンが気に入らないのも分かるんだけどさ】
「龍河クン、言うな!」
【キミ、ボクよりも年下でしょう? いくら龍の子だからって、そのあたりはちゃんと礼儀を通して欲しいじゃん】
恐らく、龍河が成長して、父親並みの力を持つようになってくれば、なかなかそうも言っていられないのかも知れないが、少なくとも、今はその通りなのだ。
龍河クン呼ばわりされようとも、そこは黙るしかなかった。
【うん、まあ今はそんなコト言ってられる場合じゃないからいいや。そもそも珠葵は「雪娜至上主義者」だよ? その雪娜の母親に従っていたってコトはさ、回り回れば珠葵のコトは裏切らないって話になるでしょ。だってそんなコトをすれば雪娜が怒るし、雪娜の母親が悲しむかも知れない――ってトコロに行きつくワケなんだから】
「まあ、文句は言うけど大抵、手は貸してくれるもんね」
黙り込んでいる龍河とは対照的に、納得いった様に桜泉は頷いている。
【そりゃぁ、この件を雪娜がどう判断するのかって話にはなるだろうけど、それにしたって呉羽にも話を通しておいて損はないと思うけどな】
そもそも、南陽楼の小道具店に押しかけてきたのは誰で、どうして珠葵が慌てて龍河と桜泉を
龍河も、桜泉も、何なら今、彼らを抱えて飛ぶ碧鸞にさえ、それは分かっていないのだ。
「俺はただ……珠葵を傷つけたくないだけなんだ」
柳の枝が揺れ、その風でどこからか届く、桜の花びらが舞い散っていた夜。
龍河と桜泉の生きる道は、一変した。
龍泉の子、なんて名前じゃないと……自分達のために憤ってくれた少女。
生きる時間が違うのは分かっている。
それでも龍河も桜泉も、最後まで珠葵の傍にいようと決めたのだ。
その命が理不尽に奪われることのないよう、天寿をまっとうするまで、寄り添い続けようと。
【……そんなの】
苦しさを苛立ちを滲ませながら言葉を吐き出した龍河に、答えたのは碧鸞だった。
【そんなの、キミ一人が思っているコトじゃないと思うけどね】
桜泉は、当然だと言わんばかりに首を大きく上下に振った。
【とにかく、もう郷に着くから! 着いてからもう一回、ちゃんと話をしよう! 勢いだけで何かしようとしたって、大抵空回るからね!】
「……おまえ、タダの飲んだくれ鳥じゃなかったんだな」
【籠から放り出すよ⁉】
龍河とて話を混ぜ返したつもりはない。
本気でそう思って言っているのが分かったために、碧鸞も半ば本気で叫び返したのだ。
まあまあ、と宥める桜泉がいなければ、碧鸞の住まう霊鳥の郷に辿り着くのは、もしかしたら危うい面があったのかも知れなかった。
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