1-3

 赤い角が頭頂部に二本。

 赤い色をした目。

 それより何より、龍と呼ばれているのに全身が鱗ではなく白い毛で覆われている。


 それこそが、国を守護する龍の一族の何よりの特徴らしい。


「お兄ちゃん」


 桜泉が、優しい声と表情で話しかけている。


「お兄ちゃん、珠葵ちゃんが〝珠〟を手に入れてきてくれたよ。今日のは結構、力が強いよ」


 そう言って、指で摘まんだ暗赤色の〝珠〟を、葛籠つづらの中にいた小龍の口の中に、そっと含ませた。


「!」


 すると今度は、先刻さっき桜泉が口にした時よりも、よりまばゆい光が一瞬だけ辺りを満たした。


「……ど、どうかな?」


 桜泉の声が、ちょっとだけ震えている。

 つられて、珠葵もなんだかドキドキと、兄龍・龍河の「返事」を待つ。


変化へんげは……まだ、難しいな】


 小龍の口が、かぱっと開いたけれど、そこからは音になる何かはまるで紡がれずに、珠葵の頭の中に、大人とも子供とも言えない、やや高めの心話こえが聞こえてきた。


「そっか……」


 その答えに、何となく珠葵も桜泉もシュンとなる。


 それを見た龍河は、葛籠つづらの中でちょっと慌てていた。


【いやっ、だけど、ほら! オレの白い体毛が、より白さを増した! 白龍の毛は、成長すればてん龙猫チンチラなんかには負けない体毛になるぞ⁉ いつか絶対、珠葵には冬にも寒くない襟巻マフラーを作らせてやるから、待ってろ‼】


 普通は、龍の鱗どころか体毛なんて、祭壇で崇め奉られても不思議じゃない程の物だ。

 それをポンと、好きなだけやるから襟巻マフラーにしろなどと口にしている。


 龍だの神獣だのと聞けば、畏れ多いと平伏してしまう人もいる中、実際には、桜泉も龍河も、結構なお人好しならぬお龍好し(?)だ。


「ふふ……分かった、待ってる」


 珠葵がそう言って微笑わらうと、桜泉も龍河も、ちょっとホッとしたように息を吐き出していた。




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 珠葵が、桜泉や龍河と最初に出会った頃。

 今にして思えばかなり恥ずかしいけど「いたいの、いたいのとんでけー」などと言っていた五~六歳時分。


 珠葵に出来たのは、誰かの傷を塞いだり、体力を回復させたりする事だけだった。

 それもちゃんとしたやり方を知らなかったが故の自己流、無意識の産物だった。


 それが今では、魔物退治で負ったケガや、武具に付いた穢れを祓えるくらいにまで、力の制御が出来るようになっていた。


 王宮内において「人ならざるモノ」の調査処罰を行う専門部署・御史台更夜部の長・しゅ雪娜せつなと、直属部下であるてい圭琪けいき


 五歳のあの日に出会った二人が、珠葵を王都に呼んで、自分の意思で力がふるえるように、アレコレ手ほどきをしてくれた結果だった。


 はらったけがれは、従えた「人ならざるのモノ」の餌にも薬にもなると言われて、珠葵はあの日から、密売商人に売り飛ばされそうになって大けがを負っていた桜泉と龍河を回復させるための薬として、穢れを圧縮した〝珠〟を作るようになったのだ。


 雪娜曰く、それ自体が国中を探しても、片手の数に収まるほどの人間にしか出来ない能力だとの事で、恐らくはそれがあったが故に、地方の村で口減らしにあうような子が、王都でこうやって生き延びているんだろうと、珠葵は認識していた。


「珠葵ちゃん、冷めすぎ。もっと自慢して、お金いっぱい貰えばいいのに」


 座ってゆらゆらと身体を左右に動かしながら、桜泉がそんな事を言う。


 桜泉にしてみれば、今の状況でさえ、珠葵の能力に比べれば充分に報われていない、と言う事らしい。


 葛籠つづらの中で、龍河も頷いている。


 桜泉よりも龍河の方が重傷だったせいで、龍河の治りは遅い。

 頭に浮かぶ心話こえで会話が出来るようになったのさえ最近のことで、それまではずっと桜泉が、つたないながらも通訳をしてくれていた。


 龍の持つ変身機能を取り戻したのも桜泉だけで、龍河はまだ、白いもふもふ龍の姿が固定されたままだ。


 とは言え珠葵自身は、別に今のまま何も困っていないので、うーん……? と、首を傾げるだけだ。


「私は別に、三食寝床付で、こうやってリュウ君やおせんちゃんと毎晩お喋り出来れば、充分だよ? 欲なんかかいたって、ロクなコトないってー」


 表向きの本業は、妓女たちのための小道具屋。

 副業は、人に対して危害を加える「人ならざるモノ」の排除過程で出た「穢れ」を浄化すること。


 本業も副業も、今のところ上手くいっている……と、思う。


【珠葵ぃ~】


 お茶でも淹れようかな?と思いかけたところに、今度は龍河ではない別の心話こえが、頭の中に響いてきた。


 キョロキョロと辺りを見回すと、店の奥から、お札の様な紙を数枚咥えて白色の小動物――白貂しろてんが、ひょっこりと現れる。


「あれ、てんちゃん? お疲れさまー。、今日の収穫?」


【そうだよー。えっとね、王宮内のね、更夜部の周りに、また貼ってあったー】


「ありがとー! さっすが、てんちゃん、優秀!」


 珠葵がそう言って小さく手を叩くと、白い貂はおもむろに立ち上がって、自慢げに身体を逸らせた。


【当たり前。姫天きてん、優秀!】


 札を咥えていても、会話が直接頭に届いているので、支障がない。


 この白い貂は、以前、真夜中に妓楼の中庭で怪我を負って倒れていたところを、妓女・葉華の下に付いている禿かむろ、つまり見習い妓女が見つけて、珠葵のところに運び込んできたのだ。


 禿の子としては、葉華の支度途中だったこともあって、たまたま一番頼みやすい、珠葵を頼ったものと思われた。


 ただの怪我なら医者だろう、と思ったものの、見れば桜泉や龍河と同じ傷のつけられ方をしていたため、試しに珠葵が術を施してみたところ――ドンピシャで、それが効果を発揮したのだ。


 問題だったのは白龍だったからで、それ以外は勝手に名付けても自己責任で問題ない、との話を雪娜からも聞き、その日からこの白い貂は「姫天きてん」になった。


 桜泉の「おせんちゃん」と同様、この白い貂も「てんちゃん」と呼びたかったこともあっての名付けである。


 雪娜や圭琪が「名付けのセンスが、いまひとつ……」なんて呟いていたことは、当時全力で無視した。


 そんなこんなで、南陽楼の珠葵の下で「飼われる」事になった姫天は、雪娜の教えを受けて、王宮内の床下や壁なんかから、呪詛のかかった札を、見つけ次第引き剝がしてくる様になった。


 王宮内は家柄だの地位だの、足の引っ張り合いは日常茶飯事。

 まして王族もいるとなれば、剝がしても剝がしても札は湧いて出てくるのだ。


 最初こそ文句を言っていた姫天も、珠葵がその札を自分の餌――〝珠〟に変えてくれると知ってからは、むしろ積極的に、真夜中の巡回に精を出している。


 そして今日も今日とて、そう言った類の札を剥がして来たらしい姫天に、珠葵はスッと手のひらを差し出した。


「誰か知らないけど、懲りないなぁ……ちょっと待っててね、てんちゃん。すぐ〝珠〟にしちゃうから、それ渡して――」


「あ、珠葵ちゃん待った! その札に書かれているモノ、写し取っちゃうから」


 早速、浄化の術を行使しようとする珠葵に、桜泉がガタガタと机の引き出しを引っ張って、紙と筆記用具を中から取り出した。


「珠葵ちゃん画力ないワケだし、私、書くね!」


「「…………」」


 誰か、そんな事ないって言ってくれても良いだろうに――と思ったけれど、葛籠つづらの中の白い小さな白い龍も、そのすぐ傍で身体を立たせている白い貂も、桜泉の言葉に、皆、無言だった。


 どうやら彼らに、人間同士のような「忖度」を求めるのは無理な様だった。

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