2-2

「え、呉羽も王宮にお使いに? じゃあ一緒に帰って来て、梅酒飲み会しようっと。珠葵、帰ったら奥の場所貸してねー?」


 霊鳥・碧鸞は、言うだけ言うと、珠葵の返事を待たずに、足に手紙が括り付けられたのだけを確認して、あっさり飛び立って行った。


「……あの様子だと、呉羽は碧鸞のいる郷に行くたびに、飲み会してるのかも知れないね」


 九尾の狐と尾の長い霊鳥との飲み会がどうにも想像出来ずに、珠葵は首を傾げる。


「まあ、お友達がいるのはいいこと……かな? 私も成人したら、おせんちゃんやリュウ君と飲んでみたいな。あ、もちろん、てんちゃんも」


「お、お友達」


【オトモダチ? 姫天と珠葵はオトモダチ?】


 照れる桜泉と、顔に「?」を乗せて、身体を横に傾ける白貂姿の姫天は、お世辞抜きに可愛い。


「うん、ずっと友達!」


【わぁい!】


 珠葵の言葉に姫天の尻尾が、ぶんぶんと回っている。


「さ、おせんちゃんも、てんちゃんも、仕分けの続きしよっか? もう、気持ち悪いモノはないかな?」


 珠葵がそう言って話を切り上げて、再度広げて置いた衣類を手に取った。


 持ち込み品を最後まで仕分けした結果、短剣以外はお店に出しても大丈夫そうだと、珠葵は判断した。


「……とりあえず、鄭様来るまでこの短剣は包んでおこっか」

「必要以上に触らない方が良いと思うし、上から布をかけるだけにしておけば?」


 見るからにどす黒い煙の様な何かに覆われたままの短剣は、確かに進んで触れたいモノじゃない。


 珠葵は大人しく、桜泉の忠告を聞いておく事にした。




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「「たっだいまー」」


 真夜中の小道具屋にそぐわない、軽ーい声が店の中に響いた。


「「お使い完了――」」


 何で立て続けに、声が被るんだろう。

 まさかもう、どこかで飲んで来たんだろうか。


「珠葵、雪娜から伝言。後のことはこちらで引き受ける。いつもすまない、だと」


 ちゃんと狐ではなく人型で現れた、呉羽が先に口を開く。

 そんな呉羽の肩の上で、碧鸞がバサリと羽を広げた。


「こっちは鄭圭琪からねー。すぐ行くから、そのまま起きて待っていてくれって」


 基本的に、人外のモノである彼らには、敬語の概念がない。

 雪娜さんを呼び捨てに! なんて、言っても無駄な話だった。圭琪の事もしかりだ。


 分かった、ありがと。と、珠葵も答えるしかない。


「……おお、そこの布の中身か。確かに禍々しいな」


 先に御史台に行っていたから、短剣の存在を目にしていなかった呉羽が、戻って来てすぐに、短剣が持つ不穏な気配にすぐさま反応していた。


「うん。おせんちゃんがね、人の血もあやかしの血も、両方浴びてるんじゃないかって」


「そうだな。多分その通りだ。中途半端に力のあるヤツとか、素人は触らない方が良いだろうよ。確実に。俺の予想だと、元々は人間に擬態していた妖が使っていたのを、何らかの拍子に人間が手に取って、禍々しい魔力にあてられて他人を傷つけた……ってところだな」


 容赦のない呉羽の指摘に、珠葵も思わず顔をしかめる。


 本当なら今すぐ「浄化」をしてしまいたいところだけれど、それを聞いてしまうと、間違いなく御史台更夜部が扱うべき案件だと分かる。


 最終的には浄化を依頼されるとしても、御史台の許可は必須だった。


「まあ、手で触らずに、ああやって清浄な布でくるんでおけば、御史台の連中が来るくらいの時間は、おかしな事態ことにもならないだろうよ」


 敢えて軽い調子で肩をすくめる呉羽に、珠葵もここで騒いでも仕方がないと、腰に手をあててため息を吐き出した。


「分かった、そうする」

「おう。じゃ、そう言うコトで梅酒ヨロシク」

「ヨロシク!」


 ニヤリと口元を歪める呉羽に、片羽を上げて碧鸞も相槌を打った。


「はいはい、分かりました」


 霊験あらたかな筈の九尾の狐と霊鳥が、実は酒好きでした――なんて、どこにも暴露出来ない。


「あんまり飲んだら、葉華ねえさんの雷が落ちてくるから、ほどほどにねー?」


 この南陽楼どころか、全妓女の中でも頂点にいるんじゃないかと言われている妓女・葉華は、たとえ呉羽が美青年に変化していたとしても、まるで動じない。

 海千山千の美女だ。


 朱雪娜と同じか、あるいはそれ以上の女傑だと葉華を認識している呉羽も、一瞬顔を痙攣ひきつらせて「……おう」と、片手を上げるにとどめている。


 梅酒は、冷暗所での保管が必須なので、普段は床下に専用の場所を作って、そこに寝かせてある。


 珠葵は隣の部屋に行くと、足元の一箇所を少し持ち上げて、外れた中から自家製梅酒の瓶を取り出した。


「ほどほどに! 終わったら戻す! 了解?」

「「了解‼」」


 一見、殊勝に声を揃える狐と鸞。


 一見、と言ったのは、呉羽は教えた覚えもないのに棚の扉を開いて、杯を二つ早々に取り出していたからだ。


 もう、珠葵はクドクドと注意する気も失せてしまった。


「ところで、おつまみとかないけど良いの?」


 半ばヤケの様に聞いてみると、これも仲良くフルフルとそれぞれの手を振っている。


「ああ、いい、いい。漬かってる梅を一、二個つまみ食いすりゃ充分」

「だよね!」

「……あ、そう」


 もう、あれらは放っておいて、お店の方で御史台更夜部から人が来るのを待とう。

 珠葵はため息をつきながら、そう思った。




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「珠葵」


 人が来る、と言っても珠葵の場合、呼び出す相手はそもそも片手の数で事足りる。


 この店や買い物途中の街中で、会って会釈するくらいの顔見知りなら何人かいるにしても、手紙を送って来て貰うとなると、勝手が違う。


「すみません、鄭様。さっきも来られたところだったのに」


 店に入って来た人影に気付いて珠葵が声をかけると、鄭圭琪は慣れているのか、特に驚いた風でもなく、苦笑を閃かせた。


「いや。更夜部に碧鸞が現れるのも珍しいし、それに準じた事はあったんだろうと理解はしている。早速、その短剣とやらを見せて貰っても?」


「ああ、はい。でも、迂闊に触って良いかどうかも躊躇われる状態なので、受付の裏側に回って来て、見て貰えませんか?」


 珠葵の言葉に、圭琪も少し驚いた様だった。


「……そんなにか」

「……はい」


 険しい表情でコクリと頷く珠葵に、さすがにただ事ではないと察し、圭琪も僅かに目を細めて、珠葵が頼んだ通りに受付の中の方へと入って来た。


「――なるほど」


 そして数歩足を踏み入れたところで、珠葵の言いたかった事が分かったんだろう。一度、足を止めた。


「確かに、半端のない威力だな。あれほどの邪気を見るのは、ここしばらく記憶になかったかも知れない」


「はい。呉羽が、中途半端に力のある人間も、素人も、どちらにしても迂闊に触らない方が良いって」


 この店に何度も来ている上に、雪娜の傍に仕えている以上、圭琪も呉羽の顔と名前は当然把握している。


 実力ある九尾の狐の言葉に、納得したように頷いていた。


「まあ、珠葵なら大丈夫な気もするが、呉羽の言っている事自体は正しいな。雪娜様も気にしていたから、一度更夜部に持っては帰るが、後の浄化は可能か?」


「あっ、はい、大丈夫です!ただ、ごっそり力を持っていかれそうなので、その日は多分、他の道具に術はかけられない事になると思いますけど……」


「分かった。では浄化を頼む際には、その辺りを考慮して持ってくる事にしよう」


 そう言った圭琪は、布で包まれた短剣を手にとった。

 どうやら、浄化の術をかけた布で包んだ事で、何とか影響なく手に出来ているらしい。


「また連絡する」


 そう言って圭琪は、すぐさま店を後にして行った。

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