ラベスタの街 そのニ
日が暮れると、街の様相は一変した。
夜の大通りを這い回るおぞましいアンデッドの姿。
元人間、元飼い犬、元……
「な、なんだあのデカブツは……!」
巨人……!?
ズシン……ズシン……と、奴らが一歩進むごとに地が揺れ宿屋も揺れる。
ぎょろ、とした赤い眼は、三階にいる私と同じ高さだ。
さっと隠れてやりすごす。
巨人も他のアンデッドどもと同じく、半面は腐り落ち骨が剥き出しだった。
しゅう、しゅう、と吐き出される腐臭がこれまた凄まじい。
思わずえずく。
「見ての通りだ、神官。この街は、不死王の支配下におかれてから……ずっと、この有り様だ。夜は様々なアンデッドが徘徊し、餌を探している」
それが、アジトのある宿屋の三階の窓からこっそりと外を覗いた我々の見た風景だった。
青銀の美女……レシスティア姫……が、言った。
「日の出ているうちは、まだ少しだけ安全だ。だが、ほんの少しだ。いつなんどき、不死王に魂を売った裏切り者どもが闊歩して気紛れに連行されるかわからない」
「ど、……どういうことだね!?」
レシスティアは、冴え冴えとした冷たい泉のような目で私を見た。
その眼差しは、そんなこともわからないのかこの愚図が……とでも言っているようで、心が冷える。
最近マレフィアがちょっと優しくなってきたからか、この辛辣な雰囲気がより一層心に刺さるのかもしれない。
嗚呼……!
まさかマレフィアの方が優しいと思える女人と出会うことになろうとは……。
「不死王に逆らうことは……死、或いはそれよりも恐ろしい目にあうこと。だから、多くの者がこの街から逃げ出すか、さもなくば恭順した。ひとによっては、不死王の力に魅入られ、眷属として仲間入りした者もいる」
眷属。
ラーナのような者、ということだろう。
彼女は、死んでからその骸を呪われたアンデッドではなかった。
生きたまま、不死王の……力を、受け入れたということ。
ひとであることをやめ、生命の正しい循環の理から外れ、怪物になった者たち。
「……不死王の館は、あの丘の上だ」
指し示された指の先。
黒々とした暗黒の障気渦巻く空の下。
街を見下ろす丘の上に佇む館があった。
「君たちは……どう、不死王と対峙するつもりだったのだ。これまでは?」
レシスティアの顔が暗く歪む。
その表情からは、これまで大したことはできていなかったことが容易に窺える。
「三年前……この街に来た神官。彼が、私たちと共に戦うと言ってくれた。最初こそ、彼の信仰と法力による光の力は、アンデッドたちを凌いだが」
私はかすかに眉をひそめた。
「圧倒し、館に至ろうというとき……不死王が現れた。そして……アンデッドでもない、不死王でもない、共に戦ってきた仲間たちが、神官を……」
何が起きたのか、未だにわからないんだ。
と、レシスティアは目を伏せた。
「マレフィアなら、わかるかもしれない。彼女は優秀な魔導師だ」
「……あなたにはわからない、と? 神官殿」
相変わらずの眼差し。
刺さる。
胃がキリキリする。
しかし、ぐっと堪えた。
鍛えられたのだ、この旅で!
「推測は立つ。だが、まだ確信はない。……確信はないが」
「正直、まだ疑わしい。おまえたちをどれだけ信用できるのか……期待できるのか……」
「それも含めて、知らしめる必要があるな。レシスティア姫。勇者フォルト……その仲間の魔導師マレフィアと戦士ベルラも、実に頼りになる者たちだ。彼らこそが光となり、この街の闇を打ち払うだろう」
私は胸を張り、深みのある良い声で言った。
レシスティアの顔が、綻び……ん? 綻ばんな。なぜだ。むしろ眉根が寄っていく。
「どうも、カネンスキーと同じ匂いしかしない男だな。おまえは」
私は目眩を覚えた。
なんたる凄まじい侮辱を受けたのか……!
***
別室で私と同じように外の様子を見て、カネンスキーから話を聞いたのだろう。
合流した勇者たちの表情は、筆舌に尽くし難いものだった。
総じて、嫌悪感に歪んでいる、とでもいうべきか。
「一刻も早く……不死王を倒さないと」
「ベル、はな、こわれた……」
「きついわね、色々と。……でも、思っていた以上に敵の数が多いわ。ちょっと考えないとならないわよ……」
ベルラがぐしぐしと鼻を擦って、うぇぇと舌を出し顔をしかめている。
アンデッドの放つ臭気、とりわけ巨人のそれにすっかり嗅覚がやられたのだろう。
なまじ五感が鋭いがゆえの悲劇……。
「ドラゴンをぶつけてやろうっていうのも、あながち悪い作戦ではなかったかもしれないけど……」
どうだろうな。
ドラゴンゾンビが出来上がってより大変なことになった可能性も否めない。
巨人をアンデッド化して従えるなど。
「レリジオさん……なにか、ありませんか。良い、考え、とか」
「……ぅ」
勇者の、私へのなんらかの期待。
そして、この場の皆の視線が一斉に集まる!
マレフィアとベルラの、勇者ったらまたこの男に意見なんて求めて……という言い知れぬ呆れと不満の雰囲気!
カネンスキーとレシスティアの、ほんとにコイツ役に立つのか? という不信の眼差し。
勇者だけだ。
私の真価を理解しているのは。
勇者……だけ……だが!
やや重い。その期待……!
絞り出さねば。
なんとかして。
私の知恵と知識を総動員して!
聖印を握りしめ、目を閉じて、瞑想の如く私は天を仰ぐ。
考えろ。
考えるのだ。
何か。何か……。
神よ……。
やがて。
私はおもむろに目を開くと、重々しく口を開いた。
「良かろう、勇者よ……。私に、考えがある」
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