不和不和の三角

 広く取られた野営地は、あちこちまだまだ宴もたけなわという風情だ。

 そろそろ夜は冷え込む季節となってきた。焚き火のそばを離れるのは少々辛いものがある。

 さっさと勇者を見つけ、あの魔女の正体を知らしめて、その上で有り難い説教と励ましを送ろう。男同士、腹を割り、酒でも飲みながら。

 うん、これは我ながら実に良い案だ。そう思うとつい心ウキウキ足取り軽くらしくもなくスキップでもしたくなるもの。


 だった。

 ほんの数秒前までは。


 ボソボソと聞こえてきた話し声。私は思わず足を止めて耳を澄ませる。

 それは確かに、勇者の声だった。

 それから……


「本当に、大丈夫……? あんまり、食べてなかった、よね。もし、怪我とか、あるなら……レリジオさんに治してもらわないと」

「いらん。ベル、ケガない」


 ベルラ!

 なんと、勇者とベルラが、どことなく深刻な雰囲気で話していた。

 風向きはちょうどよくこちらに吹いている。

 私はさっと木の影に隠れ、様子を窺うことにした。


「ベルラさん……あの、……アンデッドに、攻撃が効かなかったこと、気にして……ますか」

「……! ……。そう。ベル、よわい。ベルのちから、つうじなかった……ベル、ひとりなら、しんでた……」

「それは……」


 アンデッドに敵わなかったことは、なおもベルラのプライドに傷を負わせたままらしい。

 これは、勇者がどう出るかによっては、一層尾を引きそうな問題かもしれん。

 もしベルラがパーティを離脱するなどと言い出したら……。

 

「でも。ベルラさんはひとりじゃなかった。……僕も居たし、フィアも居て、レリジオさんも居た。……みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために、って……レリジオさんも言ってたでしょ?」


 おお、勇者よ……!

 私の言葉をしかと胸に刻み込み、こうして引用して説得に使うとは。さすが私が見込んだ男だ。私も鼻が高いぞ。


「あの白のっぽ、ウサンクサイ。それによわいのやつ、ベルはなし聞くナイ」


 く。ベルラめ! マレフィアのような呼び方を……! なんだ白のっぽとは。法衣が白いからなのか!?


「つ、つよさは、……腕力や、戦闘力だけでは決まらないよ……! レリジオさんにも、いいとこ、あるよ……」


 勇者……。

 私のことをそのように……。

 しかし、なぜだ。含みを感じる。そこはかとない含みを。気のせいだろうか。


「……ベル、よわいのやつ、はなし聞くナイ。でも、オマエよわいのやつちがう。オマエ、ベルよりつよい。だから……ベル……」


 ベルラは、ガウッ! と一度天に向かって吼えた。

 バサバサと木の枝が震える。

 ベルラの声に驚いた鳥かなにかが、驚いて逃げたのだろう。可哀想に、寝ていただろうに。


「ベル、ゆーしゃのいうのこと、聞く。これからは、ゆーしゃがベルのリーダー」

「ベルラさん……!? で、でも、僕は」

「ベル、ベルでいい。ゆーしゃ、もっと胸はれ。ベル認めた」

「……ベル。うん、ありがとう。ありがと、嬉しいよ」


 なんと。

 これは実に感動的なシーンだった!

 あのベルラが、勇者をまことの勇者と認めリーダーとして従うことを確約したのだ。

 連合首脳部が勝手に選出し勝手に決められたパーティで、我々はこれまで全く足並み揃わずギスギスしてばかりだった。

 それがどうだ。

 マレフィアが勇者を認め、ベルラまでが勇者を認めた。

 素晴らしい。今夜は祝杯だ!


「ゆーしゃ。かがめ」

「ん……?」


 ん? なんだ。

 ベルラが勇者に腰をかがめるよう要求している。

 勇者も言われるがまま、不思議そうに小首を傾げるなどして……

 え、いや、待て……!

 待てベルラ、貴様、なにをしようとしているのだ!?

 くっ、ここからではよく見えない!

 だが、かがんだ勇者に、ベルラが少しばかり背伸びをして……顔を……寄せて……。


「あっ、ベル……!?」


 勇者が、ぱっと背筋を戻して顔を手で半分隠した。

 ベルラの方はといえば。


「いまの、ベルたちのアイサツ。仲良し、鼻を合わせてすりってする。ベル、ゆーしゃと仲良しなった!」


 さっきまでの消沈ぶりも消えて、声音は年相応の少女のように弾んでいた。


「ベル、腹へった!」

「あは、やっぱり。あんまり食べてなかったものね。なら、戻ろう。まだたくさん残ってるよ、ソーセージにスープにパンに……」

「ん! いく!」


 勇者とベルラが、手を繋いで。

 賑わう野営の中心へと歩いて行った。

 私はその背をただ見送り。


 そして。


「いや、これは――」


 どうなる!? 

 勇者とベルラ、年頃的には。

 なんとなれば可愛らしいふたりと言えるのではないか?

 ベルラの年なら間違いは起こるまい。

 ふしだらなことはない。ならば、それも良いのでは? いや。待て。だがそうしたら。


「さ、さんかく……かんけい……」


 不穏な響きだった。とてつもなく!


「い、いかん! このままでは勇者を巡る恐ろしき女の闘いが始まってしまう……! 醜い! 不和、不穏、足の引っ張り合い!」


 せっかく勇者が認められたのに。

 せっかくパーティがうまく回りそうだったというのに!

 嗚呼――許すまじ、不純異性交友――!

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