賑やかな野営の夜に

  

 その後のベルラの活躍はめざましかった。

 素早い身のこなしで次々とアンデッドを殴り付け、確実に塵と化させる。

 勇者も同じく破邪の光を纏う剣で、アンデッドたちを浄化させていった。

 戦闘は、四半刻もしないうちに終わった。


「一時はどうなることかと思ったけど……」

「皆さん、お怪我はありませんか?」


 マレフィアが息を吐き、勇者が剣を納めて傭兵たちに向かう。


「あぁ、おかげで助かった……俺たちだけなら、きっと連中の仲間入りだった」

「お、終わったのかね……?」

「おぅ、旦那さん。終わったよ、この旅の方々の助力でな」


 荷馬車のひとつからおそるおそる顔を出したのは、身なりの良いいかにも儲けてそうな男だった。彼が隊商の主で、傭兵たちの雇い主なのだろう。商人は、勇者とマレフィアとベルラを見てやや怪訝そうな顔をした。

 私は、馬車から降り、彼の方へと歩いていく。背筋をピンと正して、法衣の皺も伸ばしながら。


「ご無事でなによりです」


 勤めて厳かに、かつ穏やかに声をかける。

 商人の男は、やや警戒気味だった表情と態度を、私を見て即座に改めた。

 畏まり、へりくだったように手をもみ合わせながら笑顔を作る。


「なんと。神官様のご一行でございましたか。まさにこれは神のお導き、巡り合わせ! ありがたやありがたや」


 商人が拝み手をする様子を、マレフィアが呆れたように嘆息する。


「またこのパターンね。教会のご威光ったら、大したものだこと。……ベル、怪我はない?」

「ん。……ない」


 ベルラはなおも意気消沈の気配だ。

 案外と尾を引くタイプらしい。


「もうすっかり日も暮れてしまいましたな、今夜はここで野営を。ご一行様もぜひ。ささやかながらお礼をさせてくださいませ」


 隊商の荷馬車から、ぞろぞろと人が降りてくる。いくつかの商人グループが一まとまりに移動するからか、護衛のみならず人足の数も多いらしい。たいそうな大所帯だった。


「どうする、勇者よ。お言葉に甘えますかな」

「……そう、ですね。たまには、賑やかに夜を過ごしたいです」


 私は勇者のその言葉を聞けば、商人の誘いに快く頷いた。


***


 大所帯の隊商の野営は賑やかだった。

 いくつかの商人たちのグループ、傭兵団、下っ端人足のグループ、と塊が分かれていたが、そのどれもが酒や温かい食事を堪能しカードゲームや煙草に興じる者もある。

 焚かれた篝火が煌々と夜を照らし、群青の空を赤く染め上げていた。

 この明るさと賑やかさでは、アンデッドはおろか低級の魔物や野盗も恐れをなしてしまうだろう。そう思うとなんとも気が楽になる。


 なにせ私は、元来平和主義なのだ。


「神官様、いかがですか。お酒は足りてますかな」


 商人たちが酒を手にわらわらと寄ってくる。

 私は厳かさと鷹揚さを併せ持つ表情で、ゆるりと頷いた。


「神官様……先程から、あの若者を勇者勇者とおっしゃいますが……」

「うむ……」

「まさか、あの噂はまことなのですか?」

「噂……?」

「は。長らく失われていた宝剣ルクスフルーグが見つかり、選ばれし勇者が魔王討伐の旅に出た、と。……我々商人の間ではもちきりの話しでございまして」


 なるほど。

 我々の旅立ちは、実のところ、とても地味だった。

 勇者が宝剣を手に我らがステラヴィル大聖堂に訪れた時、司教様ですら半信半疑であったのだ。

 宝剣と勇者が本物だと判明してからも、同盟諸国連合の首脳会議とやらは紛糾した。と聞く。勇者のことを大々的に知らしめ、世に希望をもたらすべきだとする派閥と、いたずらに期待させてはならぬという派閥と、更には勇者の存在が魔王やそのシンパに知られては不利になるかもしれないから秘匿した方が良いという派閥。

 そのどれも、一理はあった。

 結果、勇者の旅立ちはごく限られた者たちしか知らされないこととなった。

 各陣営から代表者が選出され、勇者と共に旅をすることになり、そうして渡された支度金は雀の涙!

 しかし我々は、そのおかげで艱難辛苦を乗り越え、絆を深めてもこられたのだろう。

 馬車も手に入れたし。

 そうしてどうやら耳の早い商人たちは、勇者の噂をいち早く手に入れていたということだろう。

 砦の攻略はなかなか派手であったからなぁ、うん。


「然様。かの若者こそ、神に選ばれ宝剣ルクスフルーグを使いこなすまことの勇者フォルト。私は彼と共に、魔王討伐の一員として同行しているのだ」


 どよどよ、と商人たちが小さくも確かな歓声をあげる。

 ふふ。彼らの、勇者を見る目が、胡乱な者への警戒から救世主への期待と尊敬に変わる様は私の酒をより美味いものにしてくれる。


「まさか……本当に勇者様が……」

「魔王を倒すなんて、可能なのか?」

「ルクスフルーグの先代の持ち主も魔王に倒されたと聞くが……」


 商人たちは、にわかには信じられないようだった。いや、それもまた無理もないことだろう。魔王が現れてからたったの十八年で、この世界は大きく変わった。

 世は暗黒に覆われ、空路と航路を塞がれ、各国間の行き来も命懸けになってしまった。

 魔王を倒せる誰かの到来を心待ちにしながら、その実そんな日は来ないだろうと諦めてもいる者が大半なのだ。


 しかし。


「勇者フォルトは……誠実で、真面目で、そして勇敢な青年です。彼こそがまことの勇者。神が、フォルトを選ばれたことに間違いはない。必ずや、我々が……」


 そう、滔々と語る私は、ふいに意識をあらぬ方へと奪われた。

 篝火の下で、なんと、マレフィアが。

 傭兵団の男と。

 笑い合って……


「神官様……? どうかなされましたか」

「ぁ、あぁ、いや。……うむ。失礼、少々飲み過ぎたようだ」

「あぁ、旅の疲れもございましょうな。では、我々はこの辺で」


 商人たちが頭を下げて離れて行く。

 私は、勇者の姿を探した。


 嗚呼――

 私は、私は決して勇者とマレフィアの仲を認めるつもりはない!

 だが、しかし。

 マレフィアめ! あんなにも勇者にベタベタと親密にふかふかパンを押し付ける勢いで接しておきながら、よその男とふたりきりで楽しそうに歓談とは!

 勇者が見たらショックを受けるに違いない。

 なにせ勇者は真面目な若者だ。マレフィアとのこともきっと真剣に考えているに違いない。

 勇者はどこだ。マレフィアのあの姿を見たら――

 もしや、目が覚める?

 そうだ、色恋にうつつを抜かすより大事なことがある今。まだ傷の浅いうちに、あの魔女が勇者には相応しくないと知った方が良い。

 いずれにせよ、勇者だ! 

 

 私は立ち上がる。

 勇者を探し、マレフィアの正体を知らしめ、不埒なパーティ内不純異性交友の道を断つために。

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