襲撃者たち!


 太陽が西の山の向こうに消えようとしている。夜の闇が押し寄せるなか、かっ飛ばされる馬車の前方から、剣戟や轟音と興奮や恐怖に叫ぶ声が聞こえてきた。


「がぁぁあ!」


 もはや耳に馴染みすぎた獣の如き雄叫びも。

 ベルラだ。


「結構大掛かりな隊商だったみたいね。行きましょう勇者、ベルラにばかり美味しいところ持っていかせてられないわ」


 マレフィアが、私には見向きもせずに勇者に言って御者台から飛び降りていく。


「待ってフィア……! レリジオさん、大丈夫ですか? 飛ばしすぎましたね、ごめんなさい。すぐ終わらせるので、ここでか……待っててください」


 勇者は私を振り返り優しい言葉をかけてから、マレフィアの後を追って御者台を飛び降りていく。

 私は馬の手綱を掴んだ。

 ところで勇者。

 いま、隠れてろと言いかけたか?

 いや、まさかな。


 私が疑問を打ち消し首を横に振ったとき、前方ではカッと眩い光が打ち上がった。夜の闇を切り裂き煌々と照らし出すマレフィアの魔法の光だ。


「うそでしょ、こいつら……アンデッド!?」


 そして聞こえたマレフィアの驚愕の声。

 私は、できればなにも聞こえないふりをしたかった!


***


「な、なんだアンタら。あの獣人のチビの仲間か、加勢してくれんのかい!?」


 隊商の荷馬車を守るように半円形陣を取り、剣や銃で応戦するのは商人たちが雇った護衛の傭兵隊のようだ。皆揃いの紋章の入った布を頭や腕に巻いていた。


「そのつもりよ……魔法を使えるひとは、あなたたちの中にはいない?」

「居ない! 魔導師が傭兵なんてわざわざやるもんか」


 マレフィアと傭兵のやり取りが聞こえてくる。光に照らし出された襲撃者たちは、実に様々だった。

 死んだ野生の獣、死んだ魔物、死んだ人間。それらが皆、一様に動き出し、斬られても撃たれても構わず隊商の馬車を目指し突進していく。


「がぁぁぁあ!」


 ベルラの渾身の雄叫びも、心なきアンデッドには通じず、竦む素振りもなかった。それどころか腐臭とぐちゃぐちゃとした泥のようなものを口や剥き出しの脇腹から零しながらなお、ギャオギャオと飛びかかっていく。


「クソ! こいつら、倒しても倒してもおきあがる!」

「ベルラさん、一旦下がってください! アンデッドなんです、通常の物理攻撃では倒せない!」

「ベル、さがる、ない! それ、よわいやつのすること!」

「ベルラさん、そんなこと言っても……危ない!」


 骨を剥き出しにした元兵士らしきアンデッドが、ベルラの背後から錆び付いた剣を振り下ろす。勇者の持つ宝剣ルクスフルーグが光を纏い、そのアンデッド兵を貫いた。

 破邪の光がアンデッド兵に取り憑いていた邪の魂を一瞬で焼き尽くし、それはただの死体へと戻る。


「ベルラさん、大丈夫ですか」

「……、ベル……よわい、のか」


 ベルラはその状況に、呆然と呟いた。

 四肢から力が抜けたその様は、まるで戦意喪失そのものである。

 だがしかしベルラよ! そこは敵陣真っ只中なのだ! 戦意喪失している場合ではないぞ!?


「ベルラさん! 動いて! ベルラさん危ない! ベルラさん……!」


 勇者が繰り返し名を呼びながら、ベルラを守りつつ、破邪の宝剣を振るう。

 マレフィアは傭兵たちと馬車のそばで、次々と魔法をアンデッドに撃ち込んでいた。炎の弾が飛び、アンデッドたちを吹っ飛ばし燃やしていく。しかし、燃やされてもなお、まだアンデッドは動くことをやめなかった。


「勇者……ベル……! あぁ、もう、厄介ねアンデッドって! もっと高温で燃やさないと……」


 ベルラとマレフィアが苦戦を強いられている。それはなかなかに意外な状況だった。この場でアンデッドに最も効果を持つ力を振るえるのは、勇者のみ。

 しかし、アンデッドは数が多い。

 光の波動で薙ぎ払うにしても、一度では間に合わないだろう。


 私は。

 祈った。

 今こそ祈るときだった。


 それ以外に何ができよう!


「ベルラさん、動いて……!」


 勇者の悲鳴のような叱咤の声。

 なおも動けないでいるベルラを守りながらの戦闘は、勇者にもまた苦戦を強いる。


 いかん! このままでは勇者もベルラも! まさかこんなところで全滅するのか!? そんなこと、あってはならない……


「……神よ、光の神ルクスよ。憐れな魂にいくべき道をお示しください。勇者を、その仲間たちを、お守り……」


 聖印を握りしめながら、ふいに。

 思いついた。

 この聖なる銀のペンダントには、まさに光の神ルクスの加護が溜め込まれている。

 もし、仮に。この聖印でアンデッドを殴ったら?

 いや、できるのか? そんなことが。

 これは、賭け。

 思えばいつも、賭けだった。


「ベルラよ……!」


 私は馬車の御者台に立ち、よく響く朗々たる声で呼びかけた。

 突然の私の出現に、マレフィアも傭兵たちも、勇者も驚いたようだ。アンデッドたちですら、私が放つ聖なるオーラを無視はできないらしい。一斉にこちらに向いた。肝が冷える!!

 しかし、その中にあってただひとり、ベルラだけは、すっかり心も閉ざしたように耳すらピクリともさせない。


「良いのか!? 誇り高い獣人族の戦士たる君が、そのようにぼんやりと佇んだきりで! 良いのか! 弱いまま、アンデッドの仲間入りを果たすつもりか! 子猫のアンデッドなど、誰も恐れはせんぞ!」


 私は声を張り上げる。

 ベルラは猫扱いを嫌う、プライドの高い黒豹族なのだ。


「ちょっと……なんのつもり……!? 隠れてなさいよ役立たず!」


 マレフィアが私に詰る。

 アンデッドの群れを前に、聖職者たる私を役立たず扱いとはどういうつもりなのか!

 だがそんなことに反論する暇はなかった。

 気のせいか、アンデッドの群れが私に向かってきているのだ。


「ひ……。べ、べるら、良いのか、このように言われっぱなしで! 君のプライドとはその程度のものなのか!?」


 ベルラの耳が、ほんの少しピクンと動いた。

 ようやく私の声が届いたらしい。


「よわい、オマエ。ベル、オマエによわいの言われる、ちがう!」


 怒った。

 ベルラが怒りの燃える金の瞳を私に向ける。

 私は。


「ならば、君の強さを見せてみたまえ! ただの可愛い子猫ではないところを! 受け取れ!」


 投げた!

 いつも大事にしていた聖印を。 

 銀の輝きがキラキラと、魔法の光に照らされながら乱反射して降り注ぐ。


「ぐぉおお」

「うぉおおお」


 アンデッドたちが不気味な声をあげて、聖印に手を伸ばそうとする。


 しかし、ベルラが。それより早く飛び上がり、私の投げた聖印をキャッチする。

 ベルラの身体能力は、アンデッドの比ではなかった。


「なんだ、これ、ガラクタ!」

「ガラクタではない! 聖印だ! アンデッドには光の力。破邪の力が最もよく効く! 勇者の剣の光と同じだ!」


 私の説明を、どれだけベルラが理解できたのか。


「ベル! それ握ったままぶん殴りなさい!」


 マレフィアがベルラに言った。

 私は驚いた。まさか、私の考えを理解したのか。マレフィアが?


「グゥゥッ……うるぁぁぁあ!!」


 ベルラはマレフィアの言ったことをそのまま遂行した。

 ベルラの拳が、アンデッドに炸裂する。

 果たして――!


「ォォオ……!」


 アンデッドの体に光が駆け抜け、パァンと弾けて、跡形もなく塵と化したのだった。


「す、すごい……!」


 勇者が、マレフィアが、傭兵たちが、驚愕に息を呑む。

 私も、びっくりした。

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