不死王とその眷属、そしてレシスティア


 

 マレフィアがかざした光球ライトボールの下、照らし出された惨状は。


「姫さま……っ、テメェ……なんてマネを!」


 青い顔をし、唇を噛み締めながら痛みに耐えるレシスティアと。

 その肩を抱きながら、下手人に吼えるカネンスキーと。

 茫然と、血塗れの手を震わせ立ち尽くす、民兵の男。


 一拍の間があって。


「がぁう!」


 ベルラが男に飛び掛かった。

 民兵のほかの男たちも、ハッと我に返って慌てて男を取り囲む。


 私は……

 レシスティアに聞かされた話を、思い出していた。

 不死王を追い詰めたかに見えたその時、神官を刺したのは……レシスティアたちの仲間だった、という話。


「ぐ、ぅ、うわぁぁぁぁあ!!」

「にゃっ!?」

「うわぁっ……!?」


 その時。

 地下道に響き渡る恐ろしいほどの声。

 そして、男に飛びかかったベルラもほかの民兵たちも、皆が、吹っ飛ばされた。


「な……っ、なにが……」

「まさか……そいつ……、不死王の眷属!?」


 マレフィアがこぼす。


「チクショウ……! チクショウ……いまさら、いまさらぁ……」


 ギラ、と光る赤い眼。

 手を血塗れにして茫然と佇んでいた男からは想像できないほどの、その変わり身に。

 息を呑んだ。

 誰もが。


「デイル……なぜ……おま、え、が……」


 カネンスキーに支えられながら、レシスティアが掠れる声を絞り出す。

 デイルと呼ばれた男は。

 ギラギラとした赤い眼で、黄色い歯を剥き出しにして。

 腰のショートソードを抜き放った。


「ウルセェ! い、いまさら……やられちゃ困るんだ。困るんだよぉ……不死王さまを……ひひ……」

「デイル……」

「カネンスキーさん、レシスティアさんを連れて下がって!」


 勇者の鋭い声が飛ぶ。

 デイルのショートソードが風を切る。

 ギィン! と高い金属音の擦れ合う音。

 勇者がカネンスキーとレシスティアの前に躍り出て、デイルのショートソードを受け止めていた。


「クソ、邪魔すんじゃねぇ~! そこの女さえやっちまえば……不死王さまに楯突くヤツは居なくなるんだぁ!」


 デイルが喚くように言いながら、引くのと踏み込むのをほぼ一瞬で行った。

 素早い踏み込み。ショートソードの切っ先が勇者の顔の中心を捉え……


「っ……なにを!」


 勇者がすんでで身を捩り顔を背けながら、剣の柄頭でショートソードを叩き上げた。


「そんなこと……間違ってる……」


 勇者の剣が、デイルの肩に振り落とされる。鞘入りのままのそれが、ゴツッと鈍い音を立てた。

 おそらくデイルの肩の骨を砕いたのだろう。


「ぐ、ぐぅ……うおおおお!」

「なっ……!」


 しかし、なおも止まらぬデイルの突進と猛攻。肩を砕かれているはずなのに、ショートソードを振り上げる。


「勇者……!」


 ショートソードが勇者に……


「がぁっ……う!」


 その寸前、ベルラの爪がデイルの背後から迸り、その体を切り裂いていく。


「ぐ、が、ぁ……ぁあっ!」

「ふしおう、けんぞく。あんでっとおなじ。ふつう攻撃、きかん!」


 そう言って振りかぶるベルラの爪の先には、マレフィアによって付与エンチャントされた光の力が宿っていた。


「ぁぁぁぁあ! あちぃ……! いてぇ……! 苦しぃい……!!」


 デイルは地に伏し、苦しみの声をあげながら転がり回る。

 肩を砕かれても悲鳴一つあげなかった男が。

 その様は、たしかに。

 もはや、ただ人とは言えない別のものに変容しているのだと思わされる。


「デイル……なぜ……。仲間内でも古株なおまえが……」

「だからだよぉ! 神官が死んだ時、わかっちまったんだ。オレたちじゃ不死王さまは倒せねぇ。なら! 仲間に……不死王さまの仲間になった方が安心だって!」


 デイルの背中から、シュウシュウと煙が立ち上り、グズグズとそこから体が崩れていっていた。


「だが……もし、不死王さまが倒されたら……オレは、せっかく眷属になったのにオレはどうなる!? なら、レシスティア……テメェを、やるしかねぇだろうがぁ……! だいたいテメェが……女のくせに、いつまでも諦めねぇで……不死王さまに逆らい続けるから……!」


 デイルの言葉は、身勝手で、聞くに堪えぬものだった。

 だが、同時に……この世界の在り方を受け入れてしまった、多くの者たちに、多かれ少なかれ通じたものとも思えた。

 不死王を打倒せんとして立ち上がったレシスティアが、カネンスキーが、その仲間たちが。

 そして魔王を打倒せんと立ち上がった勇者が、マレフィアが、ベルラが。

 きっと、これまでも、似たようなことを言われてきたのだ。

 私の知らないところで。


 ぐ、と私の手に力が籠る。


「……ば、馬鹿者が!」


 響いた声。


 その声は、驚くべきことに、なんと! 

 私の口からこぼれたものだった。


「あぁ?」


 ギラッとした赤い眼が私を睨み付ける。

 それだけではない。

 皆の、この場の全員の視線がその瞬間私に向けられた。


 じわりと汗が滲んだ。


 注目されるのは。慣れたはずなのに。


「不死王に恐れをなし屈服した己の弱さを、レシスティアに被せるなど! 諦めぬレシスティアの、その清廉さがこれまでお前たちを力付けてきたのではないのか。この、カネンスキーという男すら、レシスティアの為なら命すら賭けるというのに……」


 ええいままよ! とばかりに、私は聖印をデイルに突きつける。


「おまえが不死王に屈したのは、おまえの弱さのせい! レシスティアを裏切り、なじり、その身も心も傷付けた罪は……、罪は……重いぞ」


 しかし、ここまで言ったところで。

 私にこの男を裁く権限などなかった。

 それをできるのは、レシスティアとその仲間たちだけだろう。

 ではなぜこんな無意味な、感情任せの演説をぶってしまったのか。

 案の定尻切れトンボではないか!

 恥ずかしい! 猛烈に!


「ぐ、う……」


 デイルが呻き、がくりとその場に項垂れた。急激に意気を削がれたように見える。


「……もう、よい。もう。……デイルはもう動けまい。神官殿……。治癒を、頼めるか」


 レシスティアが私に言った。

 

 そういえば、そうだ。もっと先に私にはするべきことがあったのだ。治癒!


***


「レシスティアさん。残念だとは思います、けど……」

「ああ、わかっている。私がついていくのは、おまえたちの足手纏いになるな……」


 治癒で傷は塞いだものの、失った血はすぐには戻らない。

 その上これから行くのは敵の本命の所。

 勇者が言うと、レシスティアもそれ以上の無理は言わなかった。


「姫さまを守らなきゃならない。俺たちもここに残るよ。デイルのことも見張る必要があるしな……」


 カネンスキーが、意気消沈しおとなしく縛られて転がるデイルを見て言った。その顔は苦々しいものだ。当然ではあるだろうが。


「結局……私たちだけね。フォルト、ベルラ。……あと神官」


 マレフィアが溜息を吐き、ちらっと私を見て言った。その眼差しは、いつもよりも穏やかな、ような、気も……しなくも、ない?


「えぇ。でも、レシスティアさんたちの気持ちは一緒に持っていきますから。心強いです。それじゃあ、行こう……フィア、ベル、レリジオさん」


 勇者が、決意を漲らせ、そして不思議と晴れやかな顔をして言った。


「ふしおう、ベルぎったぎたにしてやる!」


 ベルラもやる気を漲らせている。

 私も頷き。

 いつものメンバーで、いざ向かうは不死王の座す所!


「し、神官殿……!」


 踏み出す私の背に、レシスティアから声が追いかけてきた。

 振り返ると。


「……あなたを、少し誤解していた。すまないな。それから、ありがとう」

「ぇあっ……!?」

 

 澄み渡る湖水のような瞳が淡く微笑み私を見つめていた。

 ドキッと胸が高鳴る! いや、美人にそんな風に微笑まれたら無理からぬことだろう!


「カネンスキーすらってのは気になるが、俺からも。ありがとよ、神官さま」

「う、うむ……? ふ、ふふ。良いのだ。君たちも、これを機に、いま一度ルクスへの信仰を思い出すことだな!」


 なんの礼だかわからないので、私は私の役目のひとつである説教を残して。


「白のっぽおそい! おいてくぞ!」

「ま、待て! この局面は私も重要なはずだぞ!?」


 さっさと行ってしまう三人の後を追いかけた。

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