反撃開始


 ドシュウッと巨人の体に突き立つ幾本ものクロスボウの矢。

 その傷口から巨人の腐った体に幾筋も走り巡る光。


 ――ぎゅおあァァァァァ


 断末魔というには低く悍ましい、空洞を風が吹き抜けるような声を上げ、巨人のアンデッドが光と共に倒れ伏し、シュウシュウとゆっくり塵に変じていく……。


「す、すげぇ」

「ほ、ほんとに効いた……!」


 矢を打ち込んだ、レシスティアの仲間の男たちが驚愕と共に呆気に取られている。


 矢を打ち込んだ彼らも半信半疑だったようだが、正直……私も驚いた。


 しかし。それを顔にも態度にも出すわけにはいかない。

 さも、当たり前だろう、という顔をして私はどっしりと構えていた。


「これもまた、光の神ルクスの力。わかったかね、ラベスタの戦士たちよ。これが! 神のお力であり、そして……敬虔なる信徒の在るべき姿」


 とは、つまり、どんな局面においても信じて賭けろ、ということ。なのか。わからん。自分で言っておきながら!


「いや……正直まゆつばだと思ってたよ、神官さま……。アンタ、ほんとに神官さまだったんだな」

「カネンスキー……貴様……」


 こやつ、私のことをなんだと思っていたんだ?

 いや、いまはそこを追求しているような時ではない。

 私は、どんよりと曇る空を見上げた。


 そこには、煌々と光を放つ球が浮かび、それはラベスタの街を遍く照らし出していた。


「いやぁほんと……まさか……アレをあんな風に使うとはね」


 カネンスキーが空を見上げる。


「マレフィアが言っていたのだ。……“竜の卵”は、とてつもなく貴重な魔術素材になるのだ、とな……」


 煌々と光を放つその球の中心には、大人の手のひらに余る程度の大きさの、竜の卵が触媒に使われていた。


 勇者からの重い期待に応えるべく、私が考え出した策。

 それが竜の卵を利用し、ルクスの光の加護をマレフィアの魔法の力で増強拡散し、更にレシスティアの仲間たちの武器にそれを付与エンチャントする。

 というものだった。


 卵には、私の愛用のペンでルクスの聖句をありったけ思いつく限り書き込んだ。

 それを……マレフィアが……


 ――ぎゅおァァァァァ……


 また巨人の断末魔。

 街を練り歩くアンデッド軍団の巨人たちが、打ち込まれたクロスボウや、天空の光から放たれる光の矢に穿たれ消えていく。

 その他の小型……というより本来そちらが普通の大きさ……のアンデッドたちも、概ねその光の矢に打たれて消滅していった。


「すごいぜ……! これなら街中のアンデッドどもが居なくなる!」


 カネンスキーがはしゃいだような興奮気味の声を出す。

 確かにそうだ。そうなのだが。

 私はちょっと引いていた。

 正直、ここまで強く威力を発揮するとも、うまくいくとも、思っていなかったのだ。


 これは、マレフィアの魔法の力が、おそらく尋常ならざるものだ、ということ。

 竜の卵を触媒に増幅された聖なる光の力が、マレフィアによって、さながら審判の光の雨の如く降り注いでいるのだ。


 私とカネンスキーは宿の三階の一室で、ただその光景を見下ろしていた。

 やがて。


「カネンスキー、我々も出るぞ」

「へ……ひ、姫さま!?」


 バンと開いた扉から、凛として涼やかなあの声が届く。

 この街の対不死王軍団のリーダー、レシスティア。

 長く艶やかだった髪をまとめ上げ、ズボンを履いて戦闘準備はバッチリと言わんばかり。

 美女はどんな姿も様になるな……!


「や、でもな……姫さま、アンタは安全なとこに居てくれよ。いい感じに押してるし、後ろで指揮するってことでさ」


 カネンスキーがレシスティアを宥めたり止めたりしている。

 確かに、光の雨で押しているとはいえ、前線に出るのは危険だ。


「カネンスキー。皆が危険を承知で、命を賭して立ち向かっているんだ。私が、それを後ろでただ守られて見ていては、民に示しがつかないだろう」

「や、でもぉ……」


 レシスティアは強情そうだ。

 カネンスキーも眉を下げて弱っている。

 このふたり、どういう関係性かいまいちわからんな。このカネンスキーという男、なんの下心もなく他人に忠誠を誓うようには見えんのだが。


「レリジオさん!」


 そこに、勇者もやってくる。

 私は、とてつもなく嫌な予感がした。


「行きましょう、僕たちも」


 嗚呼……やはり……。


***


「街のアンデッドたちは、光の雨と反抗軍の人たちでなんとかできるでしょう。でも、それでは不死王には届かないわ。だからね、こっちから攻め込むの」


 マレフィアが言った。


「不死王の住む屋敷には、街の外に繋がる隠し通路がある。そこを使って忍び込むんだ」


 レシスティアが言った。


「ふしおう、たおす。ベル、うでなる!」


 ぐるる、と唸りながらベルラが言った。


「行きましょう、レリジオさん」


 勇者が、決意に満ちた顔で……私に、言った。


「で、でも姫さま……! 姫さまは危険ですってばぁ!」


 カネンスキーはなおもレシスティアの翻意を促している。


 私は、できれば、正直にいうなら、敵の本拠地に突っ込むなんてことはしたくない。

 なかったが。

 

 魔王を倒す、ということは。

 今後、魔王の本拠地に突っ込んで行く、ということなのでは?

 と、気付いた。


 ……うそだろぉ。


 そう思ったところでもはやあとの祭り。

 いまさら引けぬ……。引けぬ!


「よし……行こう、勇者よ。我が神の光が、君をかの敵のもとに導くことだろう」


 いつも通り、厳かに。堂々と。落ち着き払って。私は頷いた。


***


 カネンスキーが先頭に立ち、勇者と我々が続き、レシスティアと幾名かの民兵たちがまた続く。

 マレフィアが放つ小さな光の球に照らされたその通路は、ゴツゴツした岩肌と土壁の地下道だ。


 ここを通じて不死王の陣取る屋敷に向かう。


「しかし……奇妙なことだな。不死王は、この道を知らぬ、と? そして、君たちは知っている」


 わずかに心にかかる疑問が、つい口を突いて出てしまったのは……おそらく緊張しすぎたせいだろう。


「それは……」

「蛇の道はへびってことよ、神官さま。ヒヒッ」


 レシスティアが何かを言いかけたが、それより先にカネンスキーが私を振り向いてニヤリと笑った。


「それはどういう……」

「誰も知らなかったんじゃないの。そこの……商人だかコソ泥だか以外」


 マレフィアがどこか呆れたような声で言った。

 カネンスキーがまたふへへと笑う。


 やはり、ロクでもなさそうな男だ、カネンスキー。

 そんな男に私が似ているなどと。

 レシスティア……どういう意味なのだ!


「そろそろ、着くぜ」


 と、カネンスキー。


「やっとか……! よし、勇者よ。マレフィア、ベルラ。そしてレシスティアとその仲間たち。ここから先はより困難が待ち受けるだろう。いまいちど、ルクスの加護を……」

「姫さま……!」


 私の口上の途上。

 突然、カネンスキーがレシスティアの方に走る。


「っ……!」


 ド、と膝をつくレシスティア。


「な、なにが……!?」


 ふいに、濃厚な血の匂いが……満ちた。

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