勇者パーティとしてなさねばならぬ!
「申し訳ない……たいしたものは、ご用意できませんで……」
村長邸で供された食事は、あまりにも質素だった。
パンはカチカチの堅い黒パン。スープはほとんど水と変わらない薄味。赤葡萄酒すら水で薄められてほとんど色水という有り様。
絶望だった。
やっと保存食ばかりの日々から解放されたと思ったのに。
過酷な修行僧の食事でも出されたのかこれは? いったいなぜ……。
「僕たちも、いきなり来たのです。しかたないですよ」
「ありがとうございます。……せめて、ベッドは新しいシーツを……」
村長の表情も声音も暗いものだった。
これはどうもなにかある。
色のついたただの水を飲みながら、私は厳かに言った。
「なにか、ご事情がおありと見える。こうして我らが参ったのも神の思し召し。なにか我々にできることはありませんかな?」
「神官様……」
村長の疲れ切ったような目に、微かに光が宿ったように見えた。
***
「冗談じゃないわ! 一刻も早く魔王を倒したいのに、なんでこんな辺鄙な村を助けなきゃいけないのよ!」
「わめくな、しかたないではないかね。このような事態、神の敬虔なるしもべとしては看過できん」
「わめいてない! だいたいなんにも役に立たない唐変木のあなたが、なんで偉そうに引き受けているのよ……!」
マレフィアの私を形容する際の語彙センス、どうなっているのか。さすがの鷹揚な私も少しばかり顔を顰めざるを得ない。
だが、彼女がなにをどう言おうと、私は間違ったことはしていないのだ。
我々が、夕食後に村長から聞いた話はこうだった。
群れをなして襲ってくる魔物たち。街道は安全ではなく、物流は滞り、畑すら荒らされる日々。
領主に助けを求めるも、派兵ごとに重税がかかり村はより痩せ細る。
そのうち荒くれ者の集団がやってきて魔物を代わりに追い払ってくれるようになったが、彼らの要求するお守り代がまた馬鹿にならないものになっていったらしい。
税の取り立て人も荒くれ者が追い返してくれるが、その分彼らが奪っていくので結局村は困窮する。ということだった。
それを聞いた私は、村長に請け負った。
「よろしい! ならば我々が、この村をお救い致しましょう。一宿一飯の恩、お返しせねば神の教えに反するというもの」
胸を張り、高らかに宣言したとき、村長の顔は不安と期待がちょうど半々だった。
そんなことが可能なのか、という疑心と、もし可能ならどんなに良いか、という希望。
私はそんな村長の肩に手を置き言ったものである。
「ご心配には及ばぬこと。何を隠そう、こちらにおわすは神により選ばれし勇者フォルト。困っている者を救い、世を魔王の魔の手から救うことこそが彼の使命なのですから」
勇者と聞いた村長の顔は驚きに満ち満ちていた。必ずしも信じ切ってはいなかったが、期待値は上がっていたはずだ。
そう、私たちはこのような困窮した村を見捨てる訳にはいかないのである。
「だから落ち着け、マレフィア。そうきゃんきゃんとがなり立てるな」
「がなってないわよ! ベル、坊や、あなたたちはどうなの。まさかこの口だけ男に賛成するの!?」
マレフィアは憤然として私を指さしながらふたりを振り返った。失礼極まる女である。指を差すな指を!
「ベル、反対だ。自分たちムラ、自分たちで守れないのやつ、なんど助けてもどうせすぐまた弱る」
ベルラの意見は辛辣であった。
だがその物言いは一理はある。
この村は領主の兵に助けられたことで一層困窮し、荒くれ者たちに頼ったことでまた困窮している。
我々が一時悪党どもを追い払ったところで、またすぐに別の者たちに食い物にされる可能性は大いにあった。ベルラの言いたいことはおそらくそういうことであろう。
「うむ……」
思わず唸ってしまう。
しかし、とはいえ。
あの粗末な食事、水で薄めに薄められた酒。
私はその味を思い出し苦々しく口が歪むのを必死に堪えた。眉間にも思わず皺が寄る。
荒くれどもが奪っていったのだ。
本物の酒とふわふわの白いパンを。
せっかくありつけると思ったひとときの安らぎを、喜びを、悪党どもに奪われたのだ。
私は……。
許せん……。
「坊やは。どうなの」
私が怒りに震えている隙に、マレフィアが勇者に意見を求めた。
マレフィアとベルラの意見は一致している。 勇者は、このどこか気弱な青年は、果たしてどうだろうか。
「僕は……。……僕、は」
勇者は、拳をぎゅっと握った。
伏せた顔にやや長い前髪がかかり陰になる。そのせいで表情は窺えなかった。
しばしの沈黙。
マレフィアもベルラも、勇者を急かしはしなかった。案外行儀の良い連中である。実は結構この青年を尊重しているのかもしれない。
やがて、勇者はぱっと顔を上げた。
その表情は、決意に満ち満ちていた。
「見過ごせない! 村長さんは、そんな大変な時に。いきなりやってきた旅人の僕たちに食事と寝床を用意してくれたんだ。最初から、僕らに助けを求めようともせずに、ただ好意で。そんな優しい人を、人たちを、どうして見捨てられますか。魔王を倒し世界を救うなら、小さな村々や人々も取りこぼしたくない。僕は……僕は……もう、誰も、取りこぼしたくない! ……です」
しん、と沈黙が落ちる。
勇者の、いつもどこか自信なさげで、訥々と喋る姿からは予想もつかない、それは胸を打つ言葉たちだった。
じん、と私の心に熱い火が灯るのを感じられる。
まさに勇者。まさに救世主。神の遣わされた者。
理想的な私の勇者だ!
「はぁ、わかったわよ。しょうがないわね。坊やの言うことも一理くらいあるかもしれないし、一宿一飯の恩義だったかしら? しかたないから、付き合ってあげる」
マレフィアは長い髪をさらっと掻き上げると、きつめの顔を綻ばせて微笑んだ。そうすると美女というよりまだあどけない少女のようでもある。
「ベル、貴方はどうする?」
いつまでも鼻に皺を寄せていたベルラに、マレフィアが水を向ける。
ベルラには勇者の熱弁も響かぬのか。嘆かわしい。これだから信仰を持たぬ蛮族は困るのだ。私は溜息を吐くと、視点を少し変えて説得を試みる。獣人というものは即物的で、大局的視点が弱く、未来予測が下手なのである。だが、だからこそ、そこが攻略の鍵でもあった。
このベルラという少女は、万年欠食児童なのである。
「ベルラ。この村を救うことによる利益は、君にもあるぞ」
「りえき? なんだ、りえき」
「この村から食料や酒を奪っていった悪党どもは、おそらくたんとそれを蓄えているだろう。ベルラよ、戦士たるもの食事は大事だ。今日の粗末な飯では、お主の体は不満を訴えているのではないか?」
「う゛。……うぅ。ベル、腹へってる」
「うむ。悪党どもを打ち倒せば、きゃつらの食料庫からたんまり食い物を得られる。ふわふわの白いパン、水で薄められていない葡萄酒、腸詰めソーセージに干し肉に、果物」
「わかった。ベル、やる!」
私の演説は、蛮族の小さな脳みそにも感銘を与えるに十分であったらしい。
私は厳かに頷いた。
「では決まりだ。となれば、明日は早い。今日はもう休むことにしよう。よろしいですな、勇者殿」
勇者は、白い肌を少しばかり紅潮させ、順繰りに私たちに視線を投じる。
そして――
「はい。ありがとう、みんな!」
暗黒を切り裂かんばかりの朗らかな笑みを浮かべた。
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