翼を持つもの……ドラゴン!



 堅牢な石造りの城壁にピシピシとヒビが入る。


「な、なにごとだ……!?」

「このにおい……ドラゴン……!」

「な、なにぃ――!?」


 ドラゴン、だと!?

 その時、おそらく皆に衝撃が走ったに違いない。


「べ、ベルラ……まさか、冗談だろう、な?」

「じょーだん、なに? ベル、知ってる。このにおい。ドラゴン!」

「呑気に話してる場合じゃないわ、それなら早く、構え――」


 マレフィアが魔導書を開く。

 勇者が剣に手を掛けた。

 

 ド――ォオン――!


「……っ」


 再びの鳴動。

 ガラガラと崩れて来る壁、天井。

 視界が、真っ暗に、なる――


***


「や……坊や、しっかりしなさい……!」

「ぅ……、ぐ……ぁあっ……ま、マレフィア、さ……」


 ひどく慌てたような、悲鳴にも似た声が聞こえていた。

 ほかにも、低い、呻く声。苦しげな。

 そして。


「ギャオオオオン!」

「グルルァァァァア!」


 大地を揺るがすような大音声の雄叫びが、上空と地上から。

 うっすらと開いた視界には、バサンッ……バサンッ……と滞空し羽ばたくドラゴンと、それに向かって唸りを上げる獣人の少女が映った。


「くっ……ぅぐ、っ……!」


 身を起こそうとして、頭に鋭い痛みが走る。ガラガラと崩れる瓦礫。

 どうやら壁の崩壊に巻き込まれたのだとようやく理解した。

 頭に手をやると、ぬるりとしたモノが指先を濡らす。血だった。


「嗚呼……」


 気が遠くなる。

 いや、しかし。ここで気を失っていたら、次あたりドラゴンブレスで死ぬかもしれない。

 私はどうにか気を強く持ち直して、立ち上がった。クラクラする。


「勇者は……! それに、マレフィアも……」


 いま、ドラゴンと対峙しているのはベルラだけだった。

 上空にいるドラゴンには、どれだけベルラにそこそこの跳躍力があるとはいえとうてい届かない。

 こういう時こそ、勇者の宝剣ルクスフルーグやマレフィアの魔法の見せ所のはずなのだが。


「うぅ、うっ……」

「助けてくれぇ……だれか……」

「おぉい! 神官! 頼む、助けてくれよぉ!!」


 勇者とマレフィアを探して視線を彷徨わせる私に、もうもうと立ち込める土埃の向こうから、哀れげな声がいくつも投じられた。

 マレフィアの魔法によってなす術もなく捕縛された賊どもだった。


「頼むよ神官様! 縛られたままじゃ、俺たちみんなドラゴンにこのまま焼き殺されちまう!」

「ほどいてくれ! 怪我してるやつも居るんだ!」


 呻き声がする。確かに苦しそうだった。崩落した瓦礫に巻き込まれたのかもしれない。

 しかし賊だ。正直なところどうでも良かった。そんなことより早く私の勇者と、それからマレフィアを探さねばならない。


「おいこらあからさまに聞こえないふりすんじゃねえ!」

「それでも神のしもべか!? 慈悲ぁねえのかよぉ!」


 ぎゃんぎゃんと喚く賊ども。

 うるさいことだ。頭の傷に響くではないか。


「黙れ。いま、おまえたちの世話をしている場合ではないのだ。勇者とマレフィアが……どこだ、どこにいる!?」


 よもや、瓦礫の下敷きになっているのでは?

 私の心に不安がよぎった。

 まさかだ。選ばれし勇者だぞ。魔王を倒すことを運命付けられているはず。ならばこんなところで死ぬはずはない。神の加護があるはずだ。

 そう思うのに、恐ろしかった。

 もし、こんなところで、勇者が斃れたら――


「し、神官……やべぇ……! ドラゴンのやろう、また……ブレスを!」


 賊の、悲鳴のような声。

 見上げてみれば、ドラゴンの首元が煌々と赤く燃えるように輝き、ゆっくり開かれる喉の奥に迸る灼熱と閃光の気配があった。


 あれをまたここに打ち込まれたら、間違いなく死ぬ。


「神官……おいクソ坊主! 神官様ぁ~!!」


 賊どもの声はますます必死さを帯びる。


「ぅるるるる……ぐぁぁあ!」


 ベルラが、城壁を駆け上り、塔の天辺に取り付くと、それを蹴って高く跳躍する。

 滞空するドラゴンに、組みつこうとしていた。


「く……勇者、マレフィア……」


 どこにいるのか。

 だめだ。時間がない。

 私は賊どもの元に向かった。

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