道中

「レインアロー!」


 開かれた書から、パリパリと電撃めいた火花を散らしつつ浮かび上がる光の球。

 それがバチン! と弾けたかと思うと、矢のように鋭く放射状に飛んでいった。


「ぎゃあっ!」


 獰猛に牙を剥き出しにした二つ首の狼のような魔獣の群れが、ハーフエルフの魔導師の放った魔法の矢により、次々と撃ち抜かれ果てていく。


「勇者、ベル! 道は切り拓いたわ、あとはお願いね」

「ありがとうフィア! ベルラさん、僕は右を。君は左の頭を、お願いします……!」

「ベル、じぶんよりよわいのやつ、さしずうけない。近い方、やる!」


 倒れ伏す魔獣の群れを飛び越すように駆け抜けながら、勇者は共に駆ける獣人の少女戦士に言った。

 少女は尖った毛むくじゃらの三角耳をピクピクっと軽く震わせ、素早く駆けて先んじる。

 その先には、二つ首の魔獣たちを従えていた、群れより三倍くらいは大きな二つ首の大魔獣が……


「グオオオオオン!」


 けたたましい雄叫びを上げる。

 その声は、ともすれば聞くものの魂すら震え上がらせ竦みあがらせそうなほどに恐ろしかった。


「グルルァァァァア……!」


 しかし少女もまた負けじと唸る。

 大魔獣がギラつく眼を少女に向け、大きな前足を振り上げた。


「ガァァァア!」


 薙ぎ払う。

 鋭い爪と剛腕が突風を起こし、ゴォッと砂埃が舞った。


「ベル……!」

「ウガァアア!! ベル、つよい! まけない!」


 その声は頭上。

 薙ぎ払われる前足の遥か上空へと飛んで避けた少女は、自らの鋭い爪を伸ばし、二つ首の左の頭にそれを叩き込む。


「おおおおおお!」


 ズバッズババッズパァァアン!

 と目に見えない早業で叩き込み切り裂いて、空中でくるんと一回転すると更に踵落としを炸裂させる。


「ぎゃわぁぁ……!」


 ぐらりとよろける大魔獣。しかしその眼はまだ意気を失ってはいなかった。もう片方の頭がギラギラと眼を光らせ、獰猛な牙を剥き出しにして空中の少女に食らい付く!


「そうは、させるかぁ――!」


 刹那!

 勇者の宝剣ルクスフルーグの纏う聖なる光が伸びて、少女に向かう首をスパァンと切り裂いていった。


「ぎゃっ……!」


 断末魔すら寸断される。

 大きな頭が落ち、次いでぐらりと傾ぐ大きな体が、ズドォンと重々しく大地に倒れ伏していった。


***


「よくやった、君たち! 怪我はないかな」


 戦闘が終わり、私は悠然と馬車から降りる。

 そう、馬車である。

 村を苦しめていた砦の荒くれどもとドラゴンを倒した礼にと馬車を、そして食糧をたくさん貰えたのである。

 これもひとえに私の篤い信仰と徳の賜物であるのだ。

 砦の荒くれどもすらも、私の聖なる気に当てられすっかり改心した。これからは村とまことの協力関係を築き、魔物や税ばかり取り立てる割になにもしてくれない領主の徴税人を追い払う番人となって働くことだろう。適正の報酬で。

 つまり、馬と荷馬車はこうした貢献に対する村人たちの感謝の心の現れなのである。


「……はぁ。いい気なものよね」


 馬車の荷台から降りた私を見た途端大きな溜息を吐いたのは、礼儀というものをおそらく母親の腹の中に忘れてきたのだろうハーフエルフの魔導師、マレフィアであった。

 せっかくの美しい顔も、しかめ面で台無しである。


「ベルラさん、大丈夫ですか?」

「ベル、へいき」


 魔獣の亡骸の上に着地したベルラに、彼女を気遣う心優しい勇者。

 しかしせっかくの勇者の優しさも、野蛮な獣人にはまるきり届かないようだ。嘆かわしい!


「僕たちも怪我はありません。レリジオさんは大丈夫でしたか?」


 戻ってくる勇者が、私にも優しい言葉をかけてくれる。さすがは勇者。全人類の希望。神の遣わした救世主。私のオアシス……。


「ずぅっと馬車に隠れて震えてた男に怪我なんてあるわけないでしょう。勇者、この口先男をあんまり甘やかしてはダメよ」

「待て、マレフィアよ。私は隠れて震えてなどいないぞ。じっと神に祈りを、君たちの無事を一心に祈っていたのだ。どうだ! その祈りが神に通じ、君たちは勝利した!」

「無事に勝てたのは私と勇者とベルが強いからよ! 役立たず!」


 嗚呼、哀しいことだ。

 私の祈りがいかに重要なものであるのか全く理解していない!

 だが仕方のないことだろう。所詮は魔道に堕ちしハーフエルフの女。偉大なる神の声も聞こえん。その長い耳は飾りか。


「あ、あの……とにかく、怪我もなく済んだんだから、いいじゃやいですか。フィア、レリジオさんに失礼だよ」


 勇者だけだ。

 彼だけが私の重要性を理解している。


「はなし、ながい。ベル、腹減った!」

「そうね、もうすぐ日も暮れるわ。野営の準備をしないとね」


 欠食児童の如きベルラが、戦いの終わりのいつもの声を上げる。マレフィアがそれに応えて頷く。

 こうしていつものごとく、我々は野営の準備に取り掛かるのだ。


 いや、その前に。

 私には為さねばならぬことがあった。

 街道脇に散らばる魔獣の群れの亡骸。

 これらは放っておけば、やがてまた悪しき魂に入り込まれ、今度は恐ろしいアンデッドになってより凶暴性を増すことになるのだ。


「神よ……偉大なる光の神ルクスよ……」


 私は聖印を握りしめ、頭を垂れ、厳かに祈りの聖句を唱える。

 こうして弔い、邪を浄化し、正しい光の道に導くことが私の役割なのである。

 ただやみくもに倒して終わる魔導師や戦士とは、そもそもの観点が違うのだ。

 私がいなければ、今ごろ夜はアンデッドやゴーストに襲われて大変なことになるだろう。

 そういうことをちっとも考えていないのが、所詮は浅はかなハーフエルフと獣人ということだ。


「レリジオさん、お祈り……終わりましたか?」

「おぉ、勇者よ。まさか、私を待っていてくれたのか?」

「はい、……あの。もうすぐ日が落ち切るでしょう。そうしたら真っ暗だし、お祈り中にまた魔物が現れたら……大変、なので」


 嗚呼……! 勇者よ……! どこまでも心優しい……! 私の身を案じ、そっと護衛を請け負ってくれていたとは。

 この優しさにこそ、私も報いねばなるまい。


「ありがとう勇者殿。君の慈愛と献身の心、とくと私の心に届いたとも。やはり君こそが、神の選ばれし勇者。間違いはなかった」

「れ、レリジオさん……、褒めすぎです、よ。……でも、レリジオさんがそう言ってくださるなら、僕、これからも頑張れます。絶対、魔王を倒しましょうね」


 はにかんだように目を伏せ、すぐに私に向き直り勇者は微笑む。その笑みたるや、闇夜を照らす光明そのもので、あった。

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