私が勇者を導かねば!【改題】

不純異性交友、始まった!?

「ほら、フォルト。美味しいわよ、たくさん食べなさいね」

「あ、ありがとう……マレフィアさん」

「もうっ、そんな他人行儀に呼ばなくていいわよ。フィアって呼んで」

「じゃ、じやあ……ふ、フィア、さん……」

「フォルトったら……さん、も、い・ら・な・い」


 なんだ。

 いったい何が起こっているのだ。


 語尾のひとつひとつにハートでも飛んでいそうな声。

 ベタベタとやけにくっつき合う男女。

 今は夜。

 パチパチと焚き火が爆ぜる野営地。

 鍋の中にグツグツと煮えているのは、久しぶりの野菜とジューシーなソーセージのスープ。

 木杯にはなみなみ注がれた芳醇な赤葡萄酒。

 隣でははぐはぐとソーセージを頬張り噛みちぎる野生児。

 これはいつも通り。


 しかし、いま。実に……おかしなことが起きていた。

 聖職者たる私の目の前で、黒髪の端正な顔立ちの青年と、豊かに波打つ銀髪に尖った耳の美女が、イチャつきだしている。

 まぁ、若い美青年と美女であるから。

 ならばイチャイチャするのもそれじたいは不自然なことではない。かもしれない。だがしかし。

 このふたり、つい昨日まで決してそんな仲ではなかった――はず。


 黒髪の青年フォルトは、この暗黒の魔王統治時代を打破すべく神に選ばれし勇者である。

 銀髪の尖り耳の美女ことマレフィアは、ハーフエルフであり凄まじい魔術の使い手にして我々の仲間。

 私の隣でガツガツと肉を貪っている少女は同じく仲間、獣人族の戦士ベルラだ。


「ほら、フォルト。食べ盛りなんだから、いっぱい食べなさいね」

「あ、ありがとうフィア。わぁ、とっても美味しそうだね」


 マレフィアが椀にソーセージと野菜を山盛りにしてフォルトに差し出している。

 パーティの年長者にして神の教えを説く導き手でもあるこの私レリジオにはよそってなどくれないのに、だ。

 いや、それ自体は良い。もう慣れた。マレフィアはこれまで、私にはもちろん勇者にだってそんなことはしなかった。

 それがどうだ。

 いま。マレフィアは。実に甲斐甲斐しく! 勇者に具のたっぷり入ったスープ椀を渡している。


 いったい、何が起きたというのか――


 私は、芳醇な葡萄酒を口にすると、これまでの我々をじっくりと振り返ることに、した。


***


 ドォン! と激しい爆裂音が響き渡る。

 大地が抉れ、もうもうと土埃が舞い、視界は最悪だった。

 

「邪魔! さがってよ、魔法が打ち込めないじゃない!」

「ウルサい……! ハーフエルフ! あんな魔獣のムレ、ベルひとりでじゅぶん!」

「なんですって……私の魔法の方が早く終わるわよ!」


 ひどい土埃の中、キィキィとくだらない言い合いをする女たち。

 嗚呼神よ……なぜこの者たちはいつもこうなのですか……!?


「マレフィアさん、ベルラさん! いまは、そんな喧嘩をしてる場合じゃない! 来るっ」


 若き勇者の一喝。

 と同時、ドォッと吹き付ける剛風!

 晴れた視界。

 しかしてそこには。

 私に向かって来る群れ!


「ヒッ……!」

「ぎゃぎゃぎゃ、ぎゃおおおん!」


 悍ましい雄叫びをあげながら殺到する……!

 嗚呼……神よ……!

 私は祈った。聖印を握りしめ、心の底から祈った。


「レリジオさん、危ない!」


 ガキィン――!

 甲高い音。そっと片目を開けると、勇者フォルトが私に向かって振り下ろされた魔物の爪を弾き上げ、切り裂き、そして貫いていた。


「さがっていてください、レリジオさん!」

「お、ぉお。さすがは勇者殿! 神に選ばれし者……! よろしい、あとは頼みましたぞ!」


 私は颯爽と法衣を翻し、後方に下がった。

 あの女魔導師や女戦士のように血の気が盛んでも自己顕示欲が高くもないからである。

 私のような頼り甲斐のある大人の男というものは、後方にてどんと構え、若者たちを鼓舞し、彼らの成長をこそ支援すべきなのだ。


「おぉぉお……“レイ・ブレイド”!」


 勇者フォルトの裂帛の気合いが炸裂し、かの宝剣から光が伸びていく。

 それが魔物たちを飲み込み、一瞬のうちに消し飛ばしていった。


「あっ……!」

「がうっ!?」


 魔導師マレフィアと戦士ベルラが、反目をやめ、魔物の群れ跡地にぽかんとしている。実に愚かしいことであった。

 宝剣ルクスフルーグを鞘に収めた勇者フォルトが、此方へと振り返る。


「みんな、怪我はありませんか?」


 その姿は実に勇壮で、実に救世主然として、まさに理想の勇者そのものであった。

 おお、神よ……!


「もう、また坊やに美味しいとこ持ってかれた。それもこれもあなたのせいよベル!」

「ナニゆう。オマエ、ベルのじゃました! フォルに先越されたのオマエのせい!」

「なんですって!? ふん。言っときますけれどね、坊や。ベルラ。ついでにそこの糸目! 次は私の魔法よ。あなた達はおとなしく黙って見てなさい」

「オマエバカ。つぎベル! マモノぜんぶ薙ぎ払う!」

「誰がバカよ!?」


 勇者フォルトに比べ、あの魔導師と戦士はどうだ。全く理想には程遠い。なぜあのような女たちかがこの過酷な魔王討伐の精鋭に選ばれたのか。嘆かわしいことだ。というか誰が糸目だ!

 

「お、落ち着いて。マレフィアさん、ベルラさん。僕たちは共に魔王に立ち向かう仲間同士なんだ。もっと……仲良くしようよ……」


 さすがは勇者フォルト。実に良いことを言う。


「あのね、坊や。勘違いしないで。私はたしかにあなたと共に行くわ。魔王を倒すことにも賛成よ。でもね、あなたなんて居なくても、本当は私ひとりでだって魔王を倒しに行くつもりだった。そのための準備を、ずっとしてきたんだから。勇者だなんだチヤホヤされていい気になっても、私は認めてないから!」


 マレフィアはいかにも気の強そうな眉を恐ろしい角度にまで持ち上げて、勇者フォルトを睨み付けた。せっかく顔だけは良いのに実に台無しである。

 豊かな波打つような銀色の髪は、さながら数多の頭を持つゴルゴーンの如く逆立ち、ピリピリと紫電が迸っていた。


「ベルも、おなじのやつ。ベルたちみな、魔王倒すのため、ずっと訓練した。勇者なくても、やること変わらない!」


 がるる、とベルラが獰猛な獣の本性を露にして勇者フォルトに威嚇する。

 鋭い爪と牙を剥き出しにして、うねる尾を毛羽立てながらカァッ! と唸った。

 せっかくの愛らしい顔もいまや見る影もなし。縦瞳孔の眼は悪性の魔獣たちといったい何が違うというのか。怖すぎる。


 ふたりからの敵意剥き出しの言葉に、勇者フォルトは哀しげに目を伏せた。


「そんな……いい気に、なんて……」


 わかる。

 気の強い女ふたりに責められたら反論などしようもない。恐ろしいばかりだ。

 私はただこの愚かな争いを憂い、聖印を握りしめながら神に祈りを捧げた。

 早く終われ――


「おでこ! あなたもなにか言うことないの?」


 なぜこちらにまで矛先が……!

 というかそれは私のことなのか!?


「……いいや、なにも。私はただ、神の思し召しに従うのみ。しかして、魔王討伐は全てのヒトの悲願。このような諍いを繰り返していては、その悲願成就もいつになるやら……それだけが気がかり」

「はぁ? それって、どういう意味」

「神が望まれたのは――そう、団結! 皆はひとりのために、ひとりは皆のために。それぞれが勇者を盛り立て、己の力を最大限に出し切りながら、まことの平和をこの世にもたらすこと。……マレフィア、ベルラ、勇者フォルトは敵ではない。我らは皆、仲間なのだ」


 言った。

 堂々と。厳かに。それでいて慈愛にも満ちて。誰もが聞き惚れるこの低く朗々とよく通る声。ステラヴィル大聖堂でも、私が説教する日と回は大盛況だった。皆がうっとりと耳を傾け、感じ入り、悔い改める。

 そう、私の素晴らしい言葉。

 いかに高慢なハーフエルフの魔導師と、無作法で野蛮な獣人の戦士とて、胸打たれたことだろう。

 そして勇者も。

 おそらく尊敬の眼差しを私に――


「何が神の思し召しよ。なんにもしない丸耳族の神さまでしょうが」

「ベル、オマエたち神のやつ、信じない。ちから、全て。自分より強くないのやつ。はなし聞く必要ない」


 こ、この女たちは……!

 私の素晴らしくそして有難い説教を……!

 まるで聞く耳も持たず、実に白けたような顔をして、そのままスタスタと歩いて行く。


「もう日も暮れるし、野営の準備しなきゃ」

「賛成。ベル、腹減った!」

「そうね、なにか美味しいもの作りましょ」


 なぜだ。

 唐突に仲良くなって!?


「レリジオさん……すみません、僕が不甲斐ないばかりに」

「フォルト……。あぁ。いや、勇者フォルトよ。そのようなことはない。いかなる偉大な人物も、最初は小さく弱いもの。しかし……君には神の加護がある。君こそが選ばれし者。宝剣ルクスフルーグに、神ルクスに。自信を持ちなさい。やがてあの者たちも気付くだろう」

「レリジオさん……。……はい、そう、ですね。そうだと、良いのですが」


 勇者フォルトは、選ばれし者とはいえまだ若き青年だった。

 どことなく自信なさげに目を伏せる様子は、力強く剣を振るう姿からは想像もつかないほどに儚く頼りなげだ。

 彼を導いてやらねば。

 私は何度目ともわからない決意を強くした。

 いまこの過酷な冒険の旅路で、反目しあう女たちの中にあっては、勇者フォルトが頼れるのはこの私だけなのだった。

 賢く、物事の道理をよく弁えた、年長者たる私レリジオが!

 勇者フォルトを、導いてやらねばならないのだ――。

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