旅は道連れ




「俺はゴルド。ゴルド・カネンスキーと申します。商人です! 間違っても盗っ人なんかじゃねぇんですって!」


 男は、どこまでも胡散臭かった。

 よく日に焼けた小麦色の肌も、無精髭の目立つ口周りも、やけにキラキラした焦茶の目も。

 どこもかしこも胡散臭い。

 胡散臭いが擬人化したらこうなるのでは? と思わせるほどにどうしようもなかった。


 勇者が無事に馬を保護し、ベルラが大きなドラゴンの解体を三分の一ほど終え、私がかの巨躯の冥福を祈ったそのあと。

 この男の処遇を巡って、我々は頭を悩ませるばかりだった。


「聞いて……! ほんとに! 確かにアタシゃ賊に追われちゃいましたよ!? もしかしたら連中の宝倉からなんか拾ったり懐に入れたりはしたかもしれない……。でも誓って申します! 決して悪党じゃないんですって!」


 カネンスキーと名乗った男は、それなりに必死だった。

 賊どもに追われていたときは、我々に対してやや居丈高だったが、いまやすっかりへりくだりしたてに出ている。縛られてさえなければ、揉み手でもしていたかもしれない。


「はぁ。どうでもいいわよ、この際。この男がなんでも。……賊たちは逃げちゃったし、ドラゴンは倒したし」


 マレフィアが、疲れ切っている。実に投げやりな反応だ。


「ベル、腹へった。コイツどうでもいい。めしはやく食う」


 ベルラもまた疲れ果てていた。無理もない。ドラゴン相手に大立ち回りをした上、それをひとりで解体までしたのだ。

 空腹と眠気で相当気が立っているのは火を見るよりも明らかだ。


 そして、こうなるとやはり勇者が。


「……え、と。そう、ですね。どうしましょうか」


 困っていた。

 この勇者ですら、カネンスキーのことは怪しいと思っているらしい。

 しかし同時に、怪しいだけでいつまでも縛っておくのもなぁ、と思っていそうだ。

 チラチラと私を見てくる。

 私の意見や判断を待っている……。

 勇者が……私を……やはり、信頼!


「ふぅむ……」


 私はことさらに表情を引き締めて、厳かで冷徹な神官の顔をしてみせる。

 カネンスキーがハッとしたように私を見た。

 どうやらこの男、なかなかに鼻が利く。

 この場で、私が何を言うかで自分の今後が決まることを察したようだ。


 しかし。

 そう雰囲気を作ってはみたものの。

 果たしてどう処理したものか。悩ましいところだった。

 どれほど疑わしくとも、怪しくとも、この男はあくまで商人。自称だが。そして追い立てていたのはあからさまに賊。そしてドラゴン……。


「……ん? ……んん?」

「れ、レリジオさん? どうしたんです」

「な、なんです神官さま!? そんな難しい顔をして。いうほど難しい話しじゃないでしょうに!?」


 勇者が不安そうな、不審そうな顔で私を見上げる。

 カネンスキーはもっと不安そうだ。

 あちらの方からはグツグツとなにかの煮込み料理の良い匂いがしてくる。

 マレフィアが今日の夕飯を仕込んでいるのだ。今日はなんだろう。シチューだと嬉しいな。


「レリジオさん?」

「ハッ! ……おっと、すまんすまん。うっかり思考の迷宮に……」


 意識が美味しそうな匂いにもっていかれた。

 思考を戻す。

 私にはひとつ、どうにも腑に落ちないことがあった。


「カネンスキーとやら。賊に追われていた件については……まぁ良い。奴らもどこぞから奪ったものだろうから、奪われるのもまた応報といえる。……だが、しかし」

「し、しかし……なんです。そんなもったいぶって溜めてこないで、ちゃっちゃと話を進めていきましょうよ! 俺もう腹が減って減って……なんかすんごい美味そうな匂いが……」


 カネンスキーもまた、マレフィアの作る料理にすっかり気を取られている。

 緊張感のないやつ。

 私は、一度うむと大仰に頷き、長いと言われる溜めを存分に使う。


「なぜ、ドラゴンは君を狙っていたのだろうな。なにか、心当たりはあるかね……カネンスキー殿」


 本来。ドラゴンは特定の誰かを付け狙うことはしない。彼らはその高慢さから、地を這うものたちなどなんであれそこらのアリかなにかと変わらないという認識なのだ。

 しかし。

 ドラゴンの誇りを傷付けたり、大事なものを奪ったり、そういったことをすれば別である。

 私がうっかり大きすぎる声でついた悪態のせいで思い切り狙われるはめになったのもそれのせいなのだ。

 では、このカネンスキーはどうか。

 私は、じっ……と、カネンスキーを見つめた。


「ドラゴンに……狙われる……心当たり……ですかぁ……。……そう、ですねぇ」


 カネンスキーはいやに考え込み、首を捻り、うんうんと唸っている。

 とうてい心当たりなどありそうにない態度だ。


「レリジオさん……たまたまだったのではないんでしょうか。カネンスキーさん、なんにも心当たりなさそうですよ」


 勇者が言う。

 私もそう思わなくもない。だがこれもまたこの男の巧妙な演技ということも……


「やっぱ……」

「な、なにかあるのか……心当たりが」

「へへ……俺って、こう見えて結構モテるから……わかっちまったのかなぁ。ドラゴンにも。俺の魅力ってやつが」


 ……。


「あの、レリジオさん……」

「……。な、なにかな、勇者よ」

「縄、ほどいてあげても……いいでしょうか。もう……」


 私は、頷いた。


***


 カネンスキーは、実によく食べた。


「美味い! 美味い! 実に美味い!」


 ベルラもびっくりの欠食ぶりであった。


「がうぅ……」

「大丈夫よベル、まだいっぱいあるから」


 取り分が減ることを警戒しベルラがカネンスキーに唸る。

 マレフィアが宥めながら、ベルラの器に新しくシチューをよそい、焚き火で焼いた炙りパンを差し出している。


「いやぁアンタ……マレフィアさんと言ったか!? 美人で強くて、その上料理上手で面倒見までいいときた! こりゃあこんなけったいな旅の一員にしとくにゃ惜しい。アンタなら相当いい男も狙えるぜ。玉の輿も夢じゃねぇ」


 カネンスキーは上機嫌だった。

 そして、カネンスキーの言葉は確かに一理あるかもしれんなぁと私も思った。

 マレフィアは私に対しては当たりが強く、当初は勇者に対してすらそうだった。しかし思えば、ベルラにはまだそれなりに優しく、また野営における食事作りや、ちょっとした綻びの繕い物などもさっさとこなす。

 優秀な魔導師とはいうが、実際そこも間違いはないのだが、案外いい奥さんいいお母さんになるかもしれない。うんうん、と頷いていた。ら。


「あなたみたいな人たちの面倒みるために学んだわけじゃないわ。私が美味しい料理を食べたいから作ってるの。くだらないことを言うと二度と口を利けないめにあわせるわよ」


 マレフィアから返ってきたのは、静かな、しかし確かな怒りだった。

 さすがのカネンスキーも口を閉ざす。

 マレフィアのこの様子なら、実際にやりかねんと思ったのだろう。

 私はなにも言わないでおいてよかった。

 絶対零度の眼差しと共に舌打ちとかされかねない。マレフィアはカネンスキーにはまだ他所行きの顔をしている!


「あ、あの……」


 勇者が空気を変えようとするように言った。


「僕たちは、これからラベスタに向かうんですが。カネンスキーさんはどうします?」


 その言葉を聞いたカネンスキーは、ぱっと瞳を輝かせた。


「ほう、ラベスタに! ならちょうどいい。俺もラベスタに行きたかったんだ。ぜひ、同行させてもらおうか」


 マレフィアはあからさまに眉をひそめた。

 ベルラは鼻に皺を寄せ、低く唸っていた。

 勇者はふたりの様子に困ったような顔をして、私を見た。

 私は、やはり、言わねばならないのか。

 言いたくは、なかったが!


「旅は……道連れ……世は、なさけ。……これもまた神の思し召しだろう」


 こうして、カネンスキーが一時仲間になったのだった。

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