激突!湯煙熱闘編そのニ


「諸々省略“プロテクション”!」


 マレフィアの魔法が発動し、我々を守る障壁が生み出される。


 バリィィィ――!


 凄まじい勢いと威力を持った蛙の舌が、障壁とぶつかり合いヒビ入れる音を立てていった。


「く……、ルクスフルーグ! 力を貸して……! “光破斬”!」


 障壁に堰き止められている刹那の時を狙い、勇者の輝ける宝剣からは光の斬撃が飛ぶ。


「ぐるるぅ……! “めったぎり!”」


 ベルラが舌を高く跳んで回避しながら、十本の鋭い爪でカエルを切り裂く。


「ゲケロロロロン! みんな情熱的ィイ~みんなボクのお嫁さんにしてあげるよぉ~!」

「なっ……」

「き、効いてない……!」


 勇者の斬撃も、ベルラの爪も、蛙の魔物には全くダメージを与えない。

 それどころかますます自分に都合の良い解釈をしては盛り上がっている。無駄に強いのが腹立たしいがその様は目を背けたくなるほど痛々しくもあった。


「勇者、ベルラ、一旦退くんだ……! このままでは我々が無駄に消耗するだけになる!」


 私は岩陰に隠れたまま顔だけちょっと出して、二人に呼びかけた。


「ケロ? なんだァア……いまァ……男の声がしたァン?」


 ふいに、蛙の魔物の様子が変わった。

 シュルルッと舌を引き戻し、ギョロギョロと眼を動かして。

 まさか、私を探しているのか!? 男だから!? 


「男はァ、いらねぇぇぇえ……!」

「レリジオさん、逃げて!」

「なに……!? でぁぁぁぁあ!!」


 勇者の鋭く、そしていつもよりやや高い声。

 同時だった。私が寄り添う大岩が、バゴォンともの凄い音を立てて粉砕された。

 その余りの衝撃に、私の体が吹き飛ぶ!


「レリジオさん……! フィア、お願い!」

「ぁあもう、世話の焼ける男ね! “エアークッション”!」


 あわや硬い岩地に叩き付けられる! というところで、ぼわぁんと体がなにかに受け止められ、ワンクッションののちに地に落ちた。いやそれでも痛いが!


「ふしゅうるるる……はぁん? なんだァ、テメェ~。美女美少女侍らせてウハウハハーレムパーティかァ~? ケロロ! 許せねェ~!」

「な、なにっ……ヒィ!?」


 蛙の瞳がギラギラと、憤怒と憎悪に燃えていた! その眼差しは確実に私に向いている!

 だがしかしちょっと待ってほしい!

 奴はなにか大いなる勘違いをしている!

 誰がなにを侍らせているというのか!?


「しねぇ~!!」


 蛙の岩をも砕く怒りの舌が、ビュンビュンと風を切り私に向かって伸びる。

 私は逃げた! 走って!


「ぎゃぁ~!?」

「レリジオさん……!」

「勇者、ちょうどいいわ。素晴らしくよくできた神官様が自らを犠牲にしてくださっている間に、私たちは体勢を立て直しましょう」

「ベル、賛成する」

「マレフィア、ベルラ、きさまら~!!」


 薄情な! 冷徹すぎる判断! あまりにも残酷! 蛙の鋭く飛ぶ舌が、パシュンバヒュンドギャッと岩肌の大地を抉る! 私はジグザグに走り、時に躓きすらしながら必死に回避する。

 飛び散る石礫が私の体や顔に当たりとても痛い!


「ちょこまかちょこまか、うっとおしい~! しねしねしね~!」

「ヒィ~! 偉大なる神ルクスよ、どうか私をお守りくださッ――ンギっ」


 あちこち抉られ穴の開いた地面に足を取られ、私は転んだ。祈りの最中に。舌を噛んだ! そのすぐ頭の上を、ビュン! と鋭く風が走り抜け、すぐ目の前の大地がドツンとまた抉り抜かれる。

 転んでなかったら死んでいたかもしれない。

 神よ――!


「レリジオさん、危ないっ」

「ゲロっ!?」


 蛙の舌が抉った地の底から、ドパァンと熱湯が噴き出した。

 その勢いの良い湯鉄砲に、さすがの蛙も舌を引っ込めぐらりと傾いたらしい。

 その隙に勇者が私の手を取り立たせ、走る!


「レリジオさん、無事ですか? 怪我は!?」

「お、おぉ、勇者よ……。幸いにもルクスの加護により……」


 岩陰でマレフィアが勇者を手招いている。

 勇者に手を引かれ走りながら、私は。

 妙な、違和感を……覚えていた。


 おかしい。

 勇者の手が、やけにほっそりとして柔らかい気がする。

 心なしか背も縮んでいるような? いつもは私の肩を少し越えた辺りに頭があったような? 

 純白のケープに包まれたその肩が、いつもよりずっと細く華奢なような……。


「可愛い女の子に守られてンじゃねェ~! てめぇ~!」


 体勢を立て直した蛙がまたもや怒りを爆発させる。


「勇者……! その男を離しなさい、あなたまで巻き込まれるわ!」


 マレフィアがあまりにも非道な決断を勇者に迫る。あんまりではないか!?


「そんなこと……できるわけ」

「ゲケロロロロン!」


 ビュッ! 蛙の鋭い舌が、またもや私に向けて伸びた。勇者がそれを防ごうと、私の前に立ちはだかり剣を構える。

 その姿は、やはり、勇者そのもの!


「勇者……!」

「ゆーしゃっ」


 マレフィアとベルラが息を呑んだ。

 全てはほんの一瞬の間だった。


「うわぁ!?」


 いったい、なにが起こったのか。

 私にもわからなかった。

 全ては無意識で、考えるより先に体が動いていたのだろう。

 私は、立ちはだかる勇者をマレフィアたちの隠れる岩陰に押しやっていた。

 伸びた舌は私を捉え、巻き付き、凄まじい勢いで巻き戻っていった。


「レリジオさんっ……!?」

「ゆ、勇者よ……わ、私には、偉大なる神の御加護があ――」


 あるから大丈夫だ。心配するな。と続けようとした言葉が途切れる。

 私は、暗闇に呑まれた。

 その暗闇は、ぬとぬとのベチョベチョで、悍ましく最悪だった!


 私は聖印を握りしめて、祈りながら。

 気付いた。

 悟った。天啓である。

 しかし、どう伝えれば良いのか! 嗚呼、万事窮す!


「ぐぇぇぇ……まずぅい!!」


 ベッ! と、私の体がまたしても吹き飛ぶ。 

 憎き勘違い大蛙め! 私を吐き出しやがったぁ~!


「レリジオさん……!」

「あぁもう、ほんとに世話が焼ける男ね! “エアークッション”!」


 ぼふんっ、と再び柔らかい不可視のクッションに受け止められ、私は岩の大地に叩き付けられて潰れトマトになる未来を回避できた。


「てめぇは貫くぜ~しねぇ!」


 すかさず飽きもせず蛙の一つ覚えで舌が鋭く私に伸びた。

 私は。


「粘液だ……! 蛙の体を覆うあの分泌液が、攻撃を無効化しているんだ……! それをどうにかできれば、倒せるぞ!」


 多分。おそらく。きっと。

 言いながら、どうにか横っ飛びに舌を避ける。白い法衣はぬちょぬちょと濡れて冷たく体に纏わりつき、機動力は大幅に落ちた。

 次に舌がきたら避けられないかもしれない。


「粘液……?」

「なんだそれ。どうやったらいい」

「……勇者。ベルラ。……あの男の死を無駄にしないためにも、反撃開始よ」

「死んでないが!?」


 しかし、ともかく反撃開始だ!

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