ドラゴン……堕つ。

 ド、ドォン! ガシュゥウン!

 城壁の上で賊たちによって打ち出されるバリスタの矢が、上空を飛び回るドラゴンを追い立て回している。

 ベルラは、注意深くその様子を見据えながら、機を窺うようにじっと息を潜めていた。


 ドラゴンとの交戦は今しばらく彼らに任せ、私は勇者とマレフィアの捜索にあたった。


「神官の旦那ァ……この瓦礫の山だ、ここが怪しいですぜぇ!」


 崩落した瓦礫の山の前で、捜索用に分けた賊人員のひとりが声を上げる。


「よし、とにかく瓦礫をどかすのだ。急げ!」


 もし瓦礫の山の下敷きになっていたら……?

 生き埋めだとしてもどれほどの時間を過ごしている? もつのか? 考えれば考えるほどに不安が増す。


 賊たちが瓦礫の撤去を開始するその間、聖印を握りしめただ祈ることしかできなかった。


「ギャオオオオン……!」


 上空から空気を震わせる雄叫びが降り注ぐ。

 ワッと城壁の上では歓声めいたものが。

 チラッと見ると、バリスタの矢がドラゴンの翼の付け根に一本突き刺さっていた。

 痛みに呻き、苦しむドラゴンの、その羽ばたきはどこか不恰好だ。

 やつら、やるじゃないか……!

 まさかここまでやるとは、全く期待していなかった。

 ドラゴンがやや降下している。


「居たぞぉ……!」


 瓦礫撤去のチームからも、歓声が上がった。


「勇者……! マレフィア……!」


 崩され開いた瓦礫の穴から覗くと、マレフィアの深い碧の瞳とかちあった。

 中は、魔法の光が満ちて、瓦礫の崩落を障壁で防いでいるのだと知れる。


「ぶ、無事か……?」

「なんとか……ね。でも、坊やが……、勇者が……大変なのよ。はやくここから助け出して!」

「なに、勇者が……!? おい、おまえたち、急いで続きの作業を!」


 男たちの手によって、瓦礫は次々と撤去されていく。魔法の障壁の中で、マレフィアの腕に抱き止められた勇者は、頭から血を流し苦しげな呼吸をしていた。

 嗚呼……神よ……! なにゆえ勇者をお守りくださらなかったのだ!?

 いや、違うか!? 神の加護あればこそ、この程度で済んだのか!?

 祈りの成果か。神よ――


「ボサッとしてないで! はやく手当てしなさいよ、そのくらいはできるでしょ!」


 マレフィアの怒声が、私の意識を引っ叩くように引き戻す。


「も、もちろんだ。当たり前だ! 勇者……勇者、いま癒しの力を……」

「この子、調子が悪かったのよ、今日ずっと」


 マレフィアが、気を失っている勇者を私に託して魔導書を手に立ち上がる。

 私は勇者の傷に癒しの法力を当てながら、思わず眉を顰めた。


「馬車酔いのことか……? それなら砦に入る前に治したのだが……」

「……はぁ。そう。ほんと……お気楽な男ね、あなたって」


 マレフィアの大きな溜息。いったいどういう意味だ!

 勇者の傷は、大きなものはすでに塞がって治癒されていた。

 マレフィアの魔法の残滓を感じられる。この女、治癒魔法まで……。


「ベル、加勢するわ。仕留められるわね!」

「オマエ、ぶじか。ドラゴン、まだ高い。あとすこし、ベルとどかない」

「そういうことなら……私が飛ばしてあげるわよ!」


 翼をばたつかせるドラゴンの羽ばたきが、一打ちごとに強い風を吹き付ける。

 城壁のバリスタ部隊は特にその風の被害を受けているらしく、バリスタの射出に時間が掛かっていた。


「やべぇ、またブレスが……!」


 賊のひとりが叫ぶ。

 ドラゴンは再び首をのけぞらせ、喉を煌々と赤く輝かせていた。ブレスのチャージタイムだった。


「遊び踊るマナよ……」


 マレフィアの詠唱が始まり。

 コォォオオとブレスの光が高まる。


「さぁ、任せたわよ……ベル!」


 ドォッと空気が弾け、瞬間的に巻き上がった竜巻がベルラの小さな体を舞い上げる。


「な、なんという……!?」


 私は引いた。

 仲間をバリスタの矢のように射出する如きその所業に。


「うがぁぁぁぁあ――!!」


 高く飛び上がったベルラの、裂帛の気合いのこもった雄叫びが響く。


「グオオオオオ……!」


 対抗するようにドラゴンの鳴動。そしてチャージされたブレスを放たんと、いま、その口が開いていく。


「ベルラ……!」

「嬢ちゃん……!?」


 地上に立つ我々は、ただ息を飲み、その行く末を見守ることしかできなかった。


 ズパァァアン――――!!


 ベルラの鋭い爪が閃き、ドラゴンの硬い鱗肌を切り裂いていく。


「ギャオオオオン――!」


 その雄叫びは、断末魔だった。

 ドッ――と、ブレスが不発に終わり、吐き出されなかったそれがドラゴンの内側で膨れ上がって、弾ける。


 既に夜の空がチカチカと眩しい光に満たされた。


***


「……すみません、なにもできずに」


 目を覚ました勇者が、頭を下げた。

 

「なにをいう、勇者よ。そのようなこと」

「いいのよ勇者。気にしないで。調子が悪かったのは仕方ないもの。それに、あなたが私を瓦礫の崩落から守ってくれたのよ。それがなきゃいまごろ私は死んでたわ」


 私が何かを言うのに被せ、マレフィアが、いやに優しく言葉をかける。

 しかも、今まで坊やとか言っていたのが、勇者になっている。


「私たち、パーティだもの。助け合って協力し合わなくちゃね。もっと頼っていいのよ、私にね」

「マレフィアさん……」


 なんだ。

 なんだというのだ!? 

 勇者とマレフィアの間に流れるそこはかとなく親密な空気は。

 瓦礫の中に閉じ込められている間に、いったいふたりの間に何があったのか。


「とにかく今日のところは、ゆっくり休むのよ……フォルト」

「マレフィアさん」


 な、名前で呼んでいる――!?


「やすむ! ベル、腹減った!!」

「あ、そうね。それじゃ……村に戻るにももう遅いし、ここで野営しましょ。なにか美味しいもの、作るわね」


 欠食児童が叫び、高飛車なハーフエルフがやけに柔らかい空気を纏い、いつも張り詰めたような生真面目な青年勇者は、ほんの少しそれが和らいでいるようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る