ラベスタの街

 

 カネンスキーの案内で、我々は城塞都市ラベスタに到着した。

 街を囲う城壁は高く堅牢で、門扉は朝から日の暮れるまでしか開かれず、フルプレート姿の門番がどっしりと構えて立っている。

 

 厳重……! 

 あまりにも厳重……!


「お、おい……カネンスキーよ。あの物々しさはなんだ……本当にすんなり街に入れるのか、我々は」


 ガタゴト揺れる馬車の荷台で、私はカネンスキーに問いかけた。

 この男、よもや迫真の演技で我々を謀り、どうにかしようという魂胆なのでは? と一抹の不安と不信がかま首をもたげるのだ。


 しかし、カネンスキーは飄々とした様子を崩さなかった。

 ち、ち、ち、と指を振り、ウィンクなどしやがる。しゃらくさい!


「落ち着きなよ神官さん。この街はな……壁や扉こそ物々しいが、入るのは簡単なのさ。問題は……出る、とき……。とはいえ俺はお尋ね者なんだ、門を抜けるまでは隠れさせてもらうぜ!」


 門番の入門者チェックは、たしかに案外とさくさく進む。

 街に入ろうとする者の列は、それなりの長さではあるのに。

 並ぶ者たちの雰囲気は様々だった。

 流しの商人風情の者ももちろんいるが、特に目につくのは……、家財道具をめいっぱい荷馬車に載せた家族、あるいは着の身着のままに手を取り合ってきたらしき者たち……つまるところ、流民だ。


 魔物に追われ、またならず者たちに追われ生まれ育った村や町を離れねばならなかったのだろう人々が。

 堅牢な城壁に守られた、領主のお膝元に集まっていく。


 ……誰も、知らないのだ。

 ……領主が、もはや、彼らを守ってくれる良き人ではないことを。


 当然だ。私も知らなかった。

 ステラヴィル大聖堂にすら知らされていない重大な事態だ。

 

「そろそろ僕らの番ですよ」


 御者台に座る勇者が言った。

 その声は、少しだけ、硬かった。


***


 カネンスキーの言った通り、街に入るのはすこぶる簡単だった。

 フルプレートの門番は、無言で、さっと馬車の外と中を見ると、さっさと中へ促してくれたのだった。

 杜撰な仕事ぶりすぎないか? と心配になる。


 しばらく馬車があてもなく進んだころ、荷物の隙間に潜んでいたカネンスキーが顔を出した。


「ほら、言った通りだろ?」

「来る者拒まずのわりには、街の中はずいぶんと寂れているわね。……それで、これからどうするつもりなの」


 御者台の勇者の隣に陣取ったマレフィアが、荷台を振り返りカネンスキーに問う。


 マレフィアの言った通り、街の中は閑散としていた。

 本来ならば商店で賑わい、交通が激しく、ともすれば馬車事故すら起こりそうな大通りだろう此処も。

 ひと気はない。

 朝だというのに。

 どの家も固く窓を閉め切り、まるで息を潜めているようだ。


 カネンスキーは、一瞬眉をしかめた。それから。


「……。会ってほしいひとがいるんだ……」


 一拍置いて、真面目な顔で言った。


***


 大通りから少し逸れた横道に入り、カネンスキーは閉ざされた扉をノックする。


 トン。トントトン。トン。トントン。


 不可思議なリズム。

 それが仲間同士の符牒なのだろうことはわかる。

 ほどなくして、カチリと鍵の開く音。


「馬と荷台は、仲間が隠しておく。いいな?」

「構いません。お願いします」


 私やマレフィアが何かを言うより早く、勇者が了承した。

 ベルラは辺りをキョロキョロと見回し、鼻に皺を寄せている。しかし、何も言わないところをみると、さしあたっての危険や警戒すべきことはないのだろう……。


 カネンスキーの案内で通されたのは、一見なんの変哲もない宿屋のロビーだった。

 客の気配は皆無だが。


「むぅ……」


 ベルラが唸る。


「どうした、なにかあるのか……!?」


 私が問うと、ベルラは険しい顔をした。


「かやく。いっぱい」


 カネンスキーがカウンター向こうから振り返り、手招きする。

 思わず、私はごくりと唾を飲んだ。


 これは。

 いわゆる。

 秘密の地下組織。

 そのアジト。


 そういうものなのだ、ろう! 

 暇にあかせて読み耽った書庫の本で、そういうのも読んだことがある!


 カウンターの裏側、ガタゴトとどかされる樽とか木箱。その下からお目見えする、地下への扉。

 梯子が降ろされ、暗い地下へと……我々は、降りて、いく!


 そうして辿り着いたそこは、意外にも広く、天井も高い……


「な、なんだ……ここ……ま、まさか……い、違法賭場」

「へへ……そこは言いっこなしだよ、神官さん……」


 酒場や賭場の運営に関する聖法。

 について一瞬考えたが、振り払う。


 カネンスキー、やはり……ろくでもないやつなのは確かなようだ。


「カネンスキー……! 無事だったのか。定期連絡が途切れたから、心配していたぞ!」


 薄暗い奥の方から、爽やかな春の薫風を思わせる声がした。


***


 真っ直ぐ伸びた癖ひとつない青銀色の髪、凛々しい眉に澄んだ泉を思わせる眼差し。

 

 私は。

 一瞬惚けた。


 想定外の美女の出現。

 無理からぬことだろう!


「ひ、姫さま……」


 カネンスキーが言った。

 姫さま、と呼ばれた青銀の美女が、きりりと凛々しく整った顔を我々に向ける。

 その眉根が微かに寄って、その目は値踏みするような色を含んだ。


「この方々は……?」

「あぁ、ええっと……その……」

「まさか……おまえの言っていた秘策、とは……彼らのことなのか……?」


 嗚呼。

 この感じ。

 ずしりと重くのしかかるような空気。

 不審と、失望。

 

 マレフィアが溜息をつく。

 ベルラはムッとしている。

 勇者は……剣に触れ、息を呑み、一呼吸置いて。

 

「僕は……カネンスキーさんに、約束……しました。不死王を、倒す……協力を」

「そうか。それはありがたいことだな……」


 姫さま、と呼ばれた彼女は。

 冷めた声で応えた。

 なにも期待をしていない、というのがありありと見て取れる。


「ひ、姫さま……こいつら、こう見えて、すごいんですよ。ドラゴンすら倒して……」

「姫さまとやら……! 我々は、光の神ルクスにより選ばれし勇者と、その仲間。我々の使命は魔王の討伐。そしてそのためには、魔王配下の不死王も、看過はできぬと考えている」


 そろそろ私の出番だ!

 と、ずいと前に出て言った。

 地下室は声がよく響く!

 朗々と語る私の声は多重音になり、重厚感と説得力を増すこと請け合いだった。


「……光の神ルクス? ……ふ。この街が、不死王に支配されたとき、いち早く逃げ出したのはそのルクスの敬虔なる信徒……神官たちだったが」

「えっ……!?」


 青銀の美女の言葉に、私は耳を疑った。


「カネンスキー……本当に、この者たちが秘策なのか?」


 美女がもう一度カネンスキーに問う。

 カネンスキーは、あさっての方を見ながら嘯いた。


「ほんとはですねぇ……賊どもの宝倉でたまたまみっけたドラゴンの卵を……使って……」


 カネンスキーの最初の秘策とはこうだった。


 ドラゴンは自分の持ち物を奪われると、それを追い回す習性がある。

 賊の宝のなかにたまたま見つけたドラゴンの卵を見て、そうだ! 不死王にドラゴンをぶつけてやろう! と思いついたらしい。

 しかし宝を持ち出す際に賊たちに見つかり追われ、更にドラゴンにも追いつかれ、その上その頼みのドラゴンは我々が倒してしまい……

 ならば宝剣を奪ってやろう、とした挙句。


「……」


 沈黙が満ちて場を支配する。


「さぁ、お姫様。あなたの素晴らしい従者の話からもわかったでしょ。……私たち、強いわよ」


 やがて口を開いたのはマレフィアで。


「ぅむ! ベルたち、つよい!」


 ベルラがそれに追従した。

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