宝剣ルクスフルーグ

 「まぁすごい、これが宝剣ルクスフルーグ……! ……意外と普通の剣なのですね」


 ラーナ嬢の勢いに押し負けた勇者は、彼女の求めるがままに宝剣ルクスフルーグを見せていた。もちろん鞘から抜くことはしないが。


「それは違いますぞラーナ嬢……」


 宝剣に対するラーナ嬢の感想に、勇者が何かを言うより先に思わず私の口が開いた。


「まぁ神官様。では、どう違うのか、教えてくださいますか?」

「うむ、もちろん。……そもそも宝剣ルクスフルーグとは、世界の成り立ちにまで遡らねばならない。創造神にして光の神ルクスが生じた際、ルクスを守っていた大岩の破片が飛び散り大陸や島々となったのは皆もご存知の通りだろうが……」


 ラーナ嬢の緑の瞳がきらきらと輝いて私を見る。ルクスフルーグについて、勇者について、なんでも知りたいという好奇心やストレートな好意は、私にとっても心地よい。勇者が人々に認められ、愛される存在となることは喜ばしいのだ。


「ちょっと話が長くなりそうね……」

「ベル、もう飽きた。はやくたびでたい」

「まだもうちょっといいじゃありませんか、デザートはいかが?」


 私が滔々と有難くも世界の成り立ちから話してやっているというのに、女どもは!


「ぉほん。とにかく、ルクスフルーグとはルクス誕生の際に破片として残り大地に散らばったそれらを集め、精錬し、地下帝国の匠の鍛治職人によって鍛えられ、ルクスの力そのものを宿したと言っても過言ではないものであり……」

「地下帝国の匠って……?」

「ドワーフ族よ。対魔王同盟には属さず、ずぅっと地下にこもりきりね」


 ラーナ嬢がヒソヒソと疑問を呈し、マレフィアがそれに答えている。

 ベルラはデザートのチーズケーキに夢中だし、一番熱心に聞いてくれているのは勇者だけだった。おのれ……。


「結局、どんな力があるんですの!」

「ルクスの力の全てだ!」


 痺れを切らしたようなラーナ嬢に、私もまたやけっぱちに答えた。

 この言葉に、ラーナ嬢のみならず、この場の皆が息を呑み目を丸くした。いや、ベルラは除く。


「ルクスの、力の……全て……? えっとぉ、具体的には?」

「破邪の力だとも。例えばアンデッドなどが良い例だろう。アンデッドには通常の物理攻撃は効かず、魔法でも完全なる鎮圧は難しい。しかしルクスフルーグなら、彼らの闇に染まった穢れた魂を完全に浄化し塵と化さしめることができる……」

「まぁ……! お父さまを襲ったアンデッドも、そうして勇者様が?」


 キラキラした緑の瞳を見開いて、ラーナ嬢はずいっと勇者に顔を寄せる。

 いやに近い! 勇者がさりげなく身をよじって距離を取ろうとしている。積極的すぎる女の子は好みではないのかもしれんな。


「そ、それは……僕だけではなくて、ベルも……。なので……」


 勇者は遠慮がちな声でもごもごと言った。マレフィアやベルラには意見を真っ直ぐ主張できるようになってきたが、やはりまだまだ控えめすぎる性格は健在らしい。

 しかし、そこがまた勇者の良い所。

 無理に直すこともないだろう。困ったときは私がフォローに回れば良いのだし。


「でもやっぱりすごい。そんな神さまそのもののような剣を、私とそんなに歳の変わらないあなたが持っているなんて」

「う、うん……、そう、だよね……。僕には、相応しくないって、いう人も……」


 居たよ、と勇者は力なく呟き、それでいながら決して譲るまいというように剣を引き寄せ抱きしめた。

 控えめで物腰も柔らかく穏やかでありながら、その実芯は強い。それが勇者……否、フォルトという青年なのだ。


「そろそろ良いかしらお嬢さん。あんまり出発が遅れて、中途半端なところで野営なんてことにはなりたくないのよ。ちゃんと使える地図も手に入ったことだし、ね」

「なに、いつの間に……?」

「隊商の野営でご一緒した際に、傭兵の彼から譲ってもらったのよ」


 あれか! 篝火の下で傭兵のリーダーとマレフィアが談笑していた夜。 

 地図を譲ってもらうなど、いったいどのような交渉をしたものか。

 おのれ淫婦。勇者が見てなかったのをいいことに、よその男とイチャイチャと……。

 嗚呼、しかしあの夜、勇者は勇者でベルラと良い雰囲気に……。

 わからん。すでに人間関係が複雑すぎる。

 そこはかとない頭痛を感じてきた。


「そんなぁ。もっと教えて欲しいのに……」


 ラーナ嬢が口を尖らせる。

 ベルラは既に立ち上がり、もうすぐにでも行こうという体勢だ。


「すみません。でも、僕たち本当に、もう行かないと……」


 勇者も控えめながらきっぱりと告げる。

 そう。

 我々には、打倒魔王という崇高なる使命、そして人類の悲願が託されているのだ。

 私もまたグラスの水をひと息に飲み干し、立ち上がる。


「すまんな、ラーナ嬢。それからサンクス殿。我々は当初の予定通り、これで失礼を……」


 世話になった旨、丁重に礼を述べ辞さんとしたその時だった。


「ウッ――!」


***


「だ、大丈夫ですか、レリジオさん!?」

「ぅう……ぅうん……ゥウ……」

「レリジオさん!?」


 扉の外から悲壮感すら滲むような勇者の、私を心配する声が響く。


「もういい、白のっぽ置いてく! どうせたたかうしない」

「一理はあるわね。置いて行ってもいいんじゃない?」

「そ、そんな……レリジオさんを置いていくなんて、ダメに決まってるじゃないか!」


 薄情な女どもがひどいことを言っていた。

 勇者だけだ、私の必要性を理解しているのは。


 ウッ――!


 しかし、なぜ。いきなり、唐突に、猛烈に! こんな腹痛に襲われたのか。


 私はいま、広くて清潔で華やかなアロマに満たされた落ち着くトイレの個室で、この世の生き地獄を味わっていた。

 終わりなき痛み。

 緩やかに、かと思えば鋭く差し込むように、それな波状攻撃めいて!


「うぐぅ――!」

「れ、レリジオさん……」


 もはや勇者の心配する声に、応えることもできなかった。

 嗚呼、情けなし。

 嗚呼、神よ――

 そこで気付いた。ベルラ! 聖印、まだ、返してくれていない……。


「皆さま……こうなっては仕方ありますまい。どうぞ、もう一泊、ゆっくり我が家で休まれてくだされ」


 ウー・サンクス氏の声が聞こえる。

 クソ。

 もしや仕組まれていたのでは……?

 しかし、だとしたら、なんのために……

 嗚呼、ダメだ。痛くて思考がまとまらん!


 気が、遠退く――。

 

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