目指すは城塞都市ラベスタ



 

 聖暦六六五年 十一の月 二十日


 温泉の里バーブ村で英気を養い、食糧なども確保した我々一行は、一路ファルア領主の住むという城を目指し馬車を進めている。


 ファルアの領主は、春や夏の間は領地境の砦に暮らし、冬になると領地中央部にある城砦都市の屋敷に移るという。


 ファルア領主が不死王に取って代わられたあともそうであるのかは不明だが、我々はともあれ城塞都市ラベスタに向かうことにしたのである。


 しかし近頃めっきり冷え込んできた。

 冬の旅、野宿は辛い。

 ちゃんとベッドでゆっくり休みたい。

 バーブの村からラベスタまで、何事もなくいけば四日ほどの行程という。

 何事もなくいくと良いのだが。


***


「た、助けてくれ~だれか~!」


 雑巾を絞るような野太くも苦しげな悲鳴。

 走って来る何者かと、それを追い立てる……


「ぶっ殺してやる!」

「待てゴラァ!」


 恐ろしき荒くれども。


「な、なにごとだ……!?」

「賊同士の揉め事でしょ、巻き込まれてなんてられないわ。フォルト行くわよ!」

「で、でも……」


 ガタゴトガタゴトとのどかな街道――というにはかなり荒れ放題ではあったが――を行く我々に届いた助けを呼ぶ声。とがなり立てる怒りの声。


 マレフィアは冷酷に切り捨てることを提示したが、勇者は戸惑っていた。

 心優しい勇者のことである。

 多勢に無勢で追われる者を捨て置くなどできようはずもない。さすが勇者。神が認めた救世主。尊い心根!


「ダメよフォルト。ああいう手合いと関わるとろくなことにならないわ。ウーで懲りたでしょう」

「そ、それは……でも……」


 ウー・サンクス。アンデッド軍団に襲われていたところを我々が助けた商人であったが、実は裏でアンデッドとそのボスの不死王と繋がり私腹を肥した悪徳な男であった。

 勇者がしゅんとする。


「捕まえたぞこのクソ野郎!」

「よくもオレたちのオタカラを~!」


 聞こえてくる声。

 マレフィアは正しかった。

 どうやら賊同士の仲間割れだ。


「行こう、勇者よ……あのような者たちに関わるのは、良いこととは思えん。誰もみな、己の成したことがめぐりめぐって報いとなるのだ。せめて正しく生きるべし……」

「そこの馬車の方々~! どうかお助けを~! よってたかってひとりをなぶり殺しにする悪辣な賊ばらからどうかお助けを~! 早く助けろ~! このまま俺が死んだら化けて出るぞ~! ぎゃんっ痛いっ」

 

 私の有り難い説教に被せるように大音声が響く。

 あやつ、私に負けず劣らず声がでかい。


「ん、ぅ……ウル、サイ……」


 すやすやと荷台で安らかに眠っていたベルラが、ピクピクと毛むくじゃらの三角耳を動かして身を起こした。

 まだ眠たげな金の瞳と、鼻によった皺が、不機嫌そうだ。


「や、やっぱり僕、放ってはおけません! ごめんなさいっ」


 勇者が手綱をマレフィアに任せ、ひらりと御者台から降りる。


「ム! ゆーしゃ、ベルもいく!」

「あ、ちょっと……フォルト、ベルラ! もう……」


 さながら疾風。あるいは閃光。

 止める間もなくふたりが揉め事の方へと向かっていく。

 マレフィアは苦々しそうに口を歪め、ちらりと私を一瞥すると。


「手綱、持ってなさい!」

「お、おい、君も行くのか……!?」

「当たり前でしょ、あのふたりだけじゃ……なにがあるかわからないじゃないの」


 マレフィアがひらりと降りて遅れてふたりを追いかけていく。

 彼女のいうことは、ある意味、正しいのかもしれない。


***


 勇者とベルラ、そしてマレフィア。この三人を相手にいい勝負をできる者が居るとしたら、賊などやっておらずにきっともっと良い職についているに違いない。

 三人の手にかかり、あっという間に賊たちはのされて倒れ伏し、ついでに追いかけられていた方もマレフィアによって縛り上げられた。


「なんで俺まで! おかしいじゃないか! 俺は被害者なんだぞ~解け~!」

「もう~うるっさいわね! 喧嘩両成敗よ! ほらフォルト。もういいでしょ、行くわよ」

「えっ、あ、でも」

「ニンゲン、よわい。たたかう、つまらん。ベル、ふしおーたおしいく!」


 ベルラはあっさり倒せてしまった賊たちに興味を失ったらしい。

 マレフィアは元から関わりたくなかったからか、さっさと戻ろうとしている。なおも勇者だけは、あの煩い男を気にかけていた。


「どうするんです。縛ったままここに放置したら……」

「そうだぞ! 縛ったまま放置したら魔物の餌にするようなもんだぞ!?」


 いちいち人の言葉に被せる男だ。実に鬱陶しい。


「勇者! もう戻れ。少しでも先に進んでおかないとラベスタに着くのが遅くなる!」

 

 私は馬車から勇者たちに呼びかける。

 いつまでも私ひとり馬車で待つのも寂しいのだ!


 しかし、その時だった。


「ギャオオオオン……!」


 バサァ――!


 恐ろしい咆哮。

 そして吹き付ける強い風。


 何か、前にもこんなことがあったような……。

 嫌な予感に眉を顰めている間に。


 にわかに天はかき曇る。

 雲ではない。夜にはまだ早い。


 それは、大きな……大きな……。


「う、うわぁぁぁぁぁああ……!」

「ギャオオオオン!!」


 翼竜ドラゴン、だった!

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