第四章

第一話 未鍵の模写師




「蒼威様、いかがいたしましょう⁉」


 相変わらず手持ち無沙汰で、下女に頼み込んで玄関の掃除を任せてもらっていた。邁進していると、焦った声が庭先から聞こえ、蒼威様がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。その後ろを家臣の方なのか慌てたように追いかけている。


 どうしたのかしら。

 不思議に思って声をかける。


「あの、お帰りなさいませ。何かありました?」


「――何をしている」


「えっ……と、掃除です。やることがなくて暇を持て余しておりまして」


「そうか。別に何もない」


 素っ気なく蒼威様は言い放ち、私の傍をすり抜けようとした。



「何も、だなんてそんな! お家の一大事ですぞ!」



 家臣の方は、慌てたように蒼威様に取りすがる。



「それもこれも、未鍵家が模写を作らないのが悪いのです! まさかあの男が痺れを切らして鷹無家に乗り込もうとしているだなんて、前代未聞です! こうなったら鷹無家の筆頭家臣である蒼威様が対応すべきですぞ!」


「えっ……」


 思わず困惑した声が自分の口から漏れる。

 未鍵家が模写を作らないのが悪い? それは――。

 蒼威様は、取り乱す家臣の方に向き直る。


「――わかった。俺が対応する。ただ少し時間をくれ」


「わかりました……。時間はあまりありません。本日の夕刻までは待ちます」


 家臣の方は肩を落として、その場から離れていく。


「ど、どういうことですか? 未鍵家が何か――。まさか水早緒が本家に謀反を起こして、わざと模写を作らないとか……!」


 詰め寄った私の口は、その大きな手で塞がれた。



「誰が聞いているかわからん場所でそのことを話すな。……俺の部屋に来い」



 塞がれたまま、二、三度頷く。

 蒼威様は私から手を離し、背を向けて歩き出す。私は焦る心を何とか鎮めながら、足早に追いかけた。





「一体、どういうことですか? 未鍵家が模写しないなんて……」


 蒼威様の部屋に入った途端に詰め寄る私を、蒼威様は無表情のまま座らせる。


「未鍵家ではお前以外に模写を作る、模写師はいたのか?」


「え――、それはよくわかりません。少なくとも他の模写師の方との交流はありませんでした」


 蒼威様は、ふむと頷く。



「では恐らく、お前一人で全て模写していたのだろう」



「そんな。もしかしたら私が知らない場所で他の誰かが模写をしていたのかもしれませんよ。現に水早緒は魔導書の出来不出来を見ただけでわかっていましたから、解読者だと思います。水早緒だってできるはずです」


 解読者であれば、模写はできる。



「いや、水早緒が解読者であっても、未鍵家の模写師はお前だけだ」



 断言した蒼威様に首を傾げる。


「未鍵家は別に本家に対する反抗心で模写を作らないわけではなさそうだ」


「ではなぜ――」



「模写を一手に引き受けていたお前が消えたから、未鍵家は模写を作れなくなっているだけだ」



 それを聞いて、すうっと頭の中が冷たく冴えわたる。

 私が未鍵家を出たから、模写を作れない。


「未鍵家の作る魔導書の模写は一級品だ。原本よりも完成度が高く、この模写を解読して詠唱すると、威力が増幅すると有名だった。だからこぞって未鍵家の模写を皆求めた」


「そんなことは……」


 水早緒は一言も……。


 胸がキリキリと痛む。

 私が作った模写は特別? そんなこと……。



「俺は、未鍵家の模写はお前が作っていたんだと、この間一緒に魔法を唱えて気づいた。あれは明らかに威力が増幅していた」



 紫陽花が、沢山咲いたのを思い出す。


「私が、模写した魔導書……」


「そうだ。未鍵家は五つある鷹無家の分家の中でも模写を得意とし、数年前から戦には出ず、一族たちに模写を供給する専門の家になった。俺たちは未鍵家の現当主の姉である水早緒がとても優れた模写能力を持ち、それを一族のために惜しみなく提供してくれているのだと思っていた。現に未鍵家の模写は、全て水早緒が作っていると未鍵家が触れ回っていたんだ。だが、お前が消えてから、急に模写を作れなくなった」


 私が作った模写は、全て水早緒が作ったことになっていた?

 そんなことは、未鍵家のためになるのなら、私に不満はない。

 なのに、言葉にされて突きつけられると、胸が苦しくなる。


「ここしばらくは水早緒が体調を崩して作れないことになっていた。だが未鍵家はお前が作った模写を、一族に供給するだけではなく、外部の人間に売って商売をしていたようだ」


「えっ……」


 そんなこと初めて聞いた。

 いいえ、私は水早緒に渡した模写がどんな風に使われているのか、知ろうともしてこなかった。


 確認したら、この関係を失うような気がして、怖くて聞けなかった。




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