第五話 最強の人
「レダリア!」
蒼威様が強く杖を振ると同時に、猛烈な水流が織田様に襲い掛かる。
光の矢は水を纏い、一気に織田様に突き刺さった。
水が幕となり、織田様の姿が朧になり、よく見えなくなる。
蒼威様は私の手を離し、優しく後ろに押した。
私はその力に抗うことなく、地面に倒れ込む。
「――終わりだ」
蒼威様は腰元に刷いていた刀を抜き、水の幕に向かって一気に突き立てた。
「貴様……いつの間にこんなに傍に……」
そんな声と、せき込む音が聞こえる。
水の幕はさらさらと零れ落ち、その向こうに見えた織田様は驚いた顔をしていた。
蒼威様の持つ剣は、織田様の左胸に突き刺さっている。
そこから鎧が崩壊し織田様の体から剥がれ落ちる。鎧を纏っていた金の光もはじけ飛んで消えた。
どうやら蒼威様の刀は魔法道具の鎧を壊しただけで、織田様は無傷のようだった。
しばらく織田様は呆然と胸元を眺めていたけれど、一気に破顔した。
「なるほど、なるほど……、これが恐怖か」
織田様は恍惚とした表情で呟いた。
どういう意味なのかわからず、戸惑う。
「そうだったな。柳瀬殿は魔法よりも剣術のほうが得意だと聞いたのはあながち間違ってはいなかったな。だがな、一つ教えてやる。――戦場では甘さなどいらない」
パキッと、座り込む私の背後で、軽い音がする。
まるで誰かが落ちた枝を踏んだような――。
「手負いの獲物はすぐに殺すべきだよ――」
「レダミス!」
チカッと目の端に光が走る。
光の矢の中級魔法。無数の矢が放たれる。
その瞬間、私は弾かれたように立ち上がり、蒼威様の前に両手を広げて立ちはだかった。
見張った私の目に飛び込んできたのは、杖を掲げた男性と、その傍らに佇んでいた、水早緒の姿。
驚いているのか、水早緒が目を見張ったのがわかった。
「澄……! 待て!」
蒼威様の声が、聞こえた気がした。
蒼威様を守れるなら私――。
世界が強烈な光に包まれる。遅れて体に衝撃が走る。
真っ白い世界に放り出された私は、自分が強い力に晒されて、どこかに倒れ込んだのがわかった。
ああ、これで死ぬんだ。
蒼威様を護れたのなら、後悔はない。
でも、明日、変わらず蒼威様に挨拶できなかったことだけが、心残り――。
「――……遅くなって、ごめんね」
聞き覚えのある声に、意識が浮上する。
瞼を押し上げると、私の頭上で和冴様がにっこり笑う。
え――。
「遅すぎる……」
すぐ傍で響いた声に驚いて振り返ると、蒼威様が顔を顰めていた。
「あ、蒼威様⁉」
気づけば蒼威様は私を抱き留めて倒れ込んでいた。
「えええっ、すみません、蒼威様を下敷きにするなんて!」
「大丈夫だ」
魔法を受けて吹き飛ばされた私を抱き留めてくれたのか、蒼威様の上に倒れ込んでいた。
いえ、私、魔法を受けたの?
「玲、解読してよ。上級のやつね」
「はいはい。わかりました」
和冴様の背後から疲れたように姿を現したのは、玲様だった。
やれやれと和冴様の肩に手を置いた玲様は、小箱を取り出して解読する。
玲様も、解読者――。
「――フェガナ」
和冴様が、歌うように呟いた。
その瞬間、銀の光が天を多い、キラキラと降り注いでくる。
それを受けると、体が嘘のように軽くなる。
「上級の回復魔法だ。広範囲の人間を一気に回復させられる」
蒼威様が息を吐く。
上級魔法は模写ができない。
これは玲様が占有している魔法だ。
「ねえ、玲。火も消しておこうか」
「そうね。早いに越したことはないのは同感よ」
玲様はすぐに解読し、和冴様は杖を振る。
「――ウダリアス」
一気に溢れ出した水が、山肌を這って炎を覆っていく。
私と蒼威様が使った中級魔法だけど、威力が桁違い。
広範囲に広がった炎が一気に鎮火する。
「そうだ! 修復もしよう」
「……ちょっと。修復ではなく再生じゃない? それにまとめて言ってくれたら、一回の魔法で済むんだけど!」
思い切り眉を顰めた玲様が渋々解読する。
「ガルダ!」
その瞬間、焼け焦げた木々が、わっと緑の葉をつけ、桃色や白の花がむせかえるほど咲き誇る。
嘘みたい。
燃えたなんて、まるでわからない。
茶色の世界は、一瞬で深い緑に色を変える。
それにしても、和冴様と玲様はすごい……。
このお方たちは、とびぬけて優秀なのだと理解する。
鷹無家のご当主様。
和冴様はその名にふさわしいお方だ。
呆然と世界を見上げていると、朱慶様が飛び起きて再生された世界を見て、興奮したように何か喚いていた。
よかった。朱慶様も無事だ。
「――なぜ我らも助ける」
冷たい声が響き、ハッと現実に引き戻される。
織田様が眉根を寄せて和冴様を見ていた。
「だって綺麗でしょ?」
和冴様は笑って天を指さす。
上級の回復魔法はまだ継続していて、依然光がキラキラと雪のように降り注いでいた。
「……放っておけば死んでいた。千載一遇の機会だっただろうに」
腑に落ちないと、織田様はさらに和冴様に詰め寄る。
「僕は織田には興味がない。死のうが生きようが、どうでもいい。偶然助かって幸運だったねと言っておく」
「貴様――」
「僕の興味は――、せっかく優しくしてあげていたのに、なぜか噛みつかれたことかな」
そう言って、和冴様は目線を別の方向に向けた。
つられてそちらを見ると、水早緒とその詠唱者が、腰を抜かしたように座り込んでいた。
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