第五話 様子見





「――へえ、そんなことが」


 柳瀬家を訪れた和冴様が、お菓子を頬張りながらどうでもいいと言いたげにそれだけ告げた。

 蒼威様は呆れたように和冴様に目を向けている。


「いつ会っても、いちいち腹が立つ男だ」


「蒼威は尚更、澄に感謝するべきだよ」



 突然そう言った和冴様に、顔を上げる。

 私は模写をしようとしていた手を止めて目を瞬く。

 手持ち無沙汰な日は、たまに蒼威様の監視下のもと、魔導書の模写を行っている。

 そろそろ終わろうと思っていた時に和冴様が現れ、蒼威様は先日のことを和冴様に報告していた。

 退出しようかと思ったけれど、私の前で話をし始めたのを見て、いてもいいのだと察して留まっていた。



「私に、ですか?」



 なぜでしょうと首を傾げると、蒼威様は不服そうに顔を背ける。



「そんなの、未鍵家の尻拭いのために蒼威が織田に頭を下げたらきっと憤死するよ」



 頭を下げる覚悟はあると言っていたけれど、織田様と蒼威様の仲は決していいとは言えないのは、同席して気づいていた。


 確かに憤死しかねないかも?


「結局澄が模写してくれたから頭を下げるのも回避できたって聞いたよ。蒼威のために本当にありがとう」


 和冴様が朗らかにお礼を言ってくれる。蒼威様は少し照れくさそうに俯いたまま黙り込み、和冴様に向き直った。



「それで、どうする。織田の戯言だが、一応耳に入れたほうがいいかと思った」



「ま、それも放置でいいよ」




 放置。水早緒のことも、手を組もうとしていた相手のことも放置。結局水早緒の件も解決していない。


 それに加えて織田様も、放置。


 和冴様が言うと、本気でどうでもいいと思っているように聞こえる。

 蒼威様はあからさまに不服そうだった。

 でも和冴様の言うことは絶対なのか、蒼威様は反発しようにもできない歯がゆさを感じているように見えた。


 本当にこのまま放置でいいのかしら。



「あの……、お聞きしてもよろしいですか?」



 声を上げると、二人は私を見る。


「私はあまり世の中のことに詳しくないのですが、織田様はとてもすごいお人なのですか?」


 尋ねると、和冴様は破顔した。



「ははっ、澄と話していると、なんかもうどうでもよくなるよね」


「そうだな」


 蒼威様まで同意して、ムッと唇を尖らせる。

 私の顔を見て、二人の周りの空気が穏やかなものに姿を変える。



「とてもすごい人だよ。僕はあんな元気ないしね」


「元気?」



「この国を自分のものにしようとしているんだよ。元気でしょ? 僕は無理」



 確かにものすごい労力が必要だ。和冴様は『元気』という言葉で表現したけれど、熱意とかやる気とか、財力とか、運も必要だろう。


 その目標に向かっていくには、並大抵の人では無理だ。それだけで織田様はすごいお人なのだと察する。



「なるほど。でも和冴様や蒼威様は、織田様とは仲良くはないのですね」


「まあそうだね」


「あの鷹無家と帝との関係というのは……」


「澄はよく知らないのか。――かみ砕いて話すと、僕ら鷹無家とその一族は代々帝の陰陽師としてこの国を支えてきた。魔法が入ってきて魔法を主に使うようになって、今では帝直属の魔法部隊として存在しているけどね。でも今、帝にあまり力がない。織田はこの乱世を戦い抜いてきたおかげで、家臣も多いし、お金も持っているから、それで帝を庇護して援助してくれているんだ。だから帝はその代わりに僕らを織田に派遣して彼の戦に参加して天下取りを支えていたってわけ」



 なるほど。あくまで鷹無家とその一族は帝のもの。織田様は鷹無家の力を借りたくても帝を通さないといけないから、面倒に思ってあんなことを言ったのかも。



「本来なら鷹無家は帝のために存在している魔法部隊だから、僕らは武士やら大名やらといった彼らの野望に関わらないほうがいいんだ。僕らは朝廷側の人間で、幕府や武士とは存在自体まるで違う。世界のごたごたも静観すべきなんだけど、なかなかそうはさせてもらえないんだよね」



 どうしていても、巻き込まれる。


 鷹無家が強く巨大なものであればあるほど、恐らく織田様は看過できない。



「……織田様は鷹無家を、自分のものとして取り込もうとしましたが、蒼威様が拒否すると結局引いていきました。今織田様は、この提案を蒼威様から聞いた和冴様が、どんな反応をするか、窺っているということでしょうか」



 気づけばそんな言葉を口にしていた。


「そうだね。澄の言うとおりだよ」


 和冴様はうん、と頷く。




「でも和冴様は、放置だとおっしゃいました。こちらも織田家を放置し様子見していたら、反応が鈍いと判断されて織田家は鷹無家を無理やり排除に乗り出すのでは……?」




 しんとした静寂が満ちる。


 え? と思って目を向けると、二人は私をじっと見ていた。



「……君は時折核心をつくようなことを言うよね」


「何も考えていないように見えて、鋭いな」



「え、ええ?」



 戸惑う私に、和冴様は苦笑していた。

 蒼威様は、和冴様に向き直る。



「和冴。澄の言うとおり、様子見ばかりしていたら、機を失うかもしれない。俺は頭に血が上ってつい拒否したが、俺は和冴の考えに従う。織田に降るなら、早くその考えを帝に相談するべきだし、降るのをよしとしないのなら、帝に申し上げて味方を増やすべきだ」



「……まあ、それでももう少し様子見かな~」



 和冴様は心配する蒼威様から顔を背け、再度お菓子を頬張った。

 そのあと、蒼威様が何を申し上げても、のらりくらりとかわし、和冴様の本心はわからなかった。



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