第五話 二人





「――まだ模写をしていたのか?」


 あれから数日経った。

 私は朝から晩まで模写している。


 未鍵家にいた時とは違って、今では自分の意志で模写を続けている。


 顔を上げると、蒼威様が私を見下ろしていた。

 そこでようやく夜も更けていることに気づく。



「わ、もうこんな時間だったんですね……。全然気づきませんでした。いつの間にか私一人でしたね」


「そこまで根を詰めるな。倒れたら困る」


 蒼威様は私の傍に座り込む。



「倒れませんよ。未鍵家にいた時とは違って、模写がすごく楽しいんです。自分の箱の中に模写した魔導書を納めるのも楽しいですし、他の方に喜んでもらえるのを見るのが好きです」



 以前は水早緒に全て渡していたから、自分が作った模写がどうなるのかなんてわからなかった。

 でもここでは、朱慶様や他の模写師や僧兵の方々がすぐにお試しになってくれて、すごく嬉しそうにお礼を言ってくださる。


 満面の笑みを見せてくださって、すごくやりがいを感じていた。



「そうか。ならよかった」



 蒼威様は満足そうに頷いてくれた。



「でも、作れば作るほど不思議です。どうして魔法を唱えるのに、解読者と詠唱者の二人が必要なんでしょうか?」



「そういうものだと思っていたから、考えたこともなかったな。巨大な力を使う人間の、枷だと聞いているが」


「確かに一人で全て詠唱も解読も行えたら、他人のことなど考えないのかもしませんね」



 そう言った私に、蒼威様は目を瞬く。



「一緒に唱えるからこそ、互いのことを思いやることができるのではないでしょうか」



 独りよがりにならず、お互いの同意がないと魔法は発動されない。


「……そんな風に考えるとはな。……それが理由ならいいな」


 蒼威様は笑んで同意してくれる。



「伝説だが、一人で魔法を解読・詠唱できる者もいるそうだ」


「え?」



「今までそんな人間に会ったことはないが、きっととてつもない使命を背負っているんだろう」



 とてつもない、使命。

 それはこの世の理を凌駕するような、特別な存在。



「……私は解読者でよかったです」



「なぜだ?」



「蒼威様と魔法を使えますから」




 一人よりも二人のほうがいい。



 きっと一人で見る景色よりも、二人で見る景色のほうが美しい。


 その証拠に、縁の上に浮かぶ月は、闇に沈む世界を明瞭に照らして美しく輝いている。

 そう見えるのは恐らく、蒼威様と一緒だから。


 一人だったら、闇のほうばかりに目を向けていた。



「……俺も、詠唱者でよかった」



 蒼威様は私から目を離し、月を見上げる。



「和冴が詠唱者だから、自分は解読者でありたかったとずっと思っていた。でも今は、詠唱者でよかったと思っている。澄と……、魔法を使えるから」



 心が、震える。


 蒼威様は、そっと私に目を向ける。



 優しく笑んで、また月を見上げる。



 青白い光に包まれる蒼威様を見ながら、決意していた。



 もしこの戦を乗り切ることができたら……、その時この気持ちを……。



 静かに夜が深まっていく。

 私たちは無言で、月を見上げていた。



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