第二話 分家




「あの、私はあまり鷹無家の分家について詳しくないので、お教えいただけませんか?」


 尋ねると、蒼威様はゆっくりと顔を上げる。深く息を吐いた後、静かに口を開いた。



「鷹無家の分家は五家ある。俺の家である柳瀬家、水早緒の家である未鍵家、他に楯岡たておか家、兎波となみ家、冠城かぶらぎ家だ。最近楯岡家の当主が訪ねてきた。どうも兎波家と冠城家の動きが怪しいと教えてくれた」



「動きが怪しい?」



「ああ。調べたが、どうも織田が兎波家と冠城家に接触している」



「織田様が? それは蒼威様にしたような引き抜きですか?」


「察しがいいな。そうらしい。鷹無家を見限って、自分につけと言ってきたようだ。分家といえども、魔法部隊の能力は各々非常に強い。織田が欲しがるのも無理はない。もし兎波家と冠城家が織田家に引き抜かれたら、前代未聞の大事件だ。一族が分解し、反乱が始まる」



「それを……蒼威様お一人でお止めになっていたのですか?」



 尋ねると、疲れたように蒼威様は打掛けを引き上げて目を閉じる。



「和冴が静観して動かないのなら、仕方がない。兎波家と冠城家にも俺から接触しているが、のらりくらりとかわされる。あれはもう、織田に降ると決めているようだ」



 となると、兎波家と冠城家は敵になる。



「……楯岡家にも織田様から接触が?」


「あったと聞いたが、楯岡はすでに断ったそうだ。今まで通り鷹無家に忠誠を誓うと言ってきた。だが、当主はすでに高齢で、その子はすでに以前の戦で亡くなっている。次期当主である孫はまだ幼い。その状況で何か起こった時に楯岡家が十分に戦えるかはわからん。だからあまりあてにはしないようにしている」



 そうだとしても、楯岡家は味方。

 ほっと息を吐く。

 和冴様と蒼威様の四面楚歌だったらどうしようと思ったけれど、そうではないようだ。

 でも、今のお話では分家の崩壊と分裂はもうすでに始まっている。

 このように分家が崩壊していくのは、蒼威様の本意ではないのはすごく伝わってきた。

 そうでなければ、このお方はこんなに苦悩しない。



 ――蒼威様を支えたい。




 そんな思いが、胸に芽生えていることに気づく。

 私にできることなんて微々たるものだろうけれど、それでも……。


 もし戦が近くて、自軍が大量に魔法を所持するために模写が必要なら、喜んで模写する。私でお力になれるのなら――。


 そう思った時、未鍵家のことが頭をよぎる。



「未鍵家は……」



 言ってから後悔した。まだ私が未鍵家を気にかけていることが明白だったかもしれない。

 もしかしたら蒼威様はわざと未鍵家のことは口にしなかったのかもしれないのに。


 蒼威様は少し黙ったあと、口を開く。


「未鍵家はわからない。一応いつ謀反を起こしても対応できるように、家臣に見張らせてはいるが、ここしばらくの間に織田から未鍵家に接触があった報告もないし、兎波家と冠城家とともに何か動いているようなこともない。不穏なほど静かにしている」


「そう、ですか……」


「織田と未鍵家は先日の模写の件もあるから、織田の引き抜きの対象からは外れたのかもしれない。現に澄は柳瀬にいるから、魔法部隊ではなく模写だけに特化していた未鍵家を、鷹無家からわざわざ引き抜く価値は消えたのかもな」



 確かに、織田様は模写ができない未鍵家に苛立ちを隠さなかった。


 でも、なんだろう。なぜかまだ胸にしこりが残る。


 私が柳瀬家で生活するようになってから、水早緒から何も接触はなかった。

 あの夜のことを思うと、逃げた私を許さないと水早緒が思っているのは明白だ。

 それなのに恐ろしいくらい沈黙している。

 いえ、もしかしたら、水早緒は蒼威様には接触しているのかもしれない。

 蒼威様が全部盾になってくださっているから、私は今、穏やかな生活を送れているのでは……?


 そう考えると、しっくりくる。

 模写が作れなくなって、織田様に急かされていた時なんて、きっと水早緒は大騒ぎしただろう。私に未鍵家に戻ってくるように訴えていたのかもしれない。

 水早緒の本来の気性は、とても激しいものだった。


 誰よりも先に鷹無家を潰そうと――。


 誰よりも?



「もしかして、」


 気づけば口を開いていた。

 蒼威様は顔を上げる。




「もしかして、織田様はすでに未鍵家と手を組んでいるのでは?」




「どういうことだ」



「ずっと前から水早緒は織田様の味方だから、今、引き抜きの話をする必要はないのではないでしょうか……」



 呟くと、蒼威様は眉間の皺を深める。




「それはつまり、あの夜、水早緒が話していた男は織田ということか」




「――はい」


 水早緒が鷹無家を裏切ると話していた相手の男性が織田様であれば、納得がいく。



――なるほど。貴様が一族を率いる、のだな?


――そうよ。わたしが鷹無家を追い落として、未鍵家が本家になる。一人でもできるけれど、貴方の提案通り私たちが組めば、もっとすんなり事が運ぶわ。



 水早緒は鷹無家を取り潰して自分が一族をまとめあげると言った。

 織田様は、鷹無家やその一族を自分の傘下におさめたい。

 あの夜織田様は、未鍵家とは手を組むだけで対等だとおっしゃっていたけれど、それは水早緒に警戒させないための演技で、ゆくゆくは未鍵家も傘下におさめるつもりなのかも。


 でも何度考えても、鷹無家を潰すという二人の利害は一致している。


 織田様が今、未鍵家にだけ声をかけていないのも、初めから二人は仲間だからと思えば辻褄があう。


「……和冴に報告してくる。いや、お前も一緒に来い」


「え?」



「もしも織田と水早緒がすでに手を組んでいるのなら、次に狙われるのは澄だ」




「私……?」



「ああ。織田は天下を統一しようとしているが、武田や上杉、毛利という巨大な敵が立ちふさがっている。その敵たちを短期間で一掃するために、鷹無家に目を付けた。まずは優秀な模写師がいる未鍵家に接触し水早緒を味方につけたが、実際は澄がいなければ未鍵家に価値はないことに気づいたんだろう」


「だから、わざわざあの日ここに来て、私の前で蒼威様の引き抜きを始めた……?」



 私が信頼して身を寄せている柳瀬家が織田家の傘下に降れば、私も反発することなく織田に降ると言うと思ったのかもしれない。


 追い打ちのように水早緒も織田様と懇意にしているとでも言えば、織田様にお世話になることに私はまったく抵抗せず受け入れて、疑わなかったかもしれない。

 でも、蒼威様が反発して即却下したことで、水早緒の件を告げることなく一旦は引いた。



 そう、一旦は――。



「織田家は優秀な模写師が必要だ。必ずお前を奪いにくる」




 その言葉に、ぞぞぞと冷たいものが体を駆けあがる。

 私はあの日、織田様に直接会った。

 もう顔は知られている。


 私に会いたいとごねたのも、もしかしたら私がどんな人間か把握するため……。

 身を固くする私に向かって、蒼威様は手を差し出す。



「だから俺から離れるな。必ず俺はお前を護る」



 力強い言葉に、一気に光が差し込んできたような、あたたかさを感じた。



 蒼威様。私、貴方のことが――。



 大きな手に自分の手を重ねようとしたその時、目の端に閃光が走る。



 え――。




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