第三話 歪み




「ごめんね。加減がわからなかったよ」


「も、申し訳ありませんでした! 嘘を吐き、ご当主様を欺こうとしまして、罰は受けます! なので、水早緒だけは助けてください――」


「君は、随分未鍵水早緒に心酔しているようだけど、どういう関係?」


 淡々と尋ねられて、言葉に詰まる。


「水早緒は……、幼い頃路頭に迷っていた私を助けてくれた恩人です」


「路頭に迷った?」


「はい。私の父は武士で、仕えていた主がお殿様にそれこそ謀反を起こし、強制的に戦に参加せられました。結局負けて、両親は斬首され、私はその前に両親によって逃がされましたが、帰る家を失いました。どこにいけばいいのかもわからずさまよっている間に、未鍵家に保護されたんです」


 嘘を吐いても、また自白魔法をかけられる。

 そう思ったら、真実を話すしかなかった。


「初めは下働きでしたが、屋敷の中にあった光輝く不思議な紙を見たことがきっかけで、それ以来模写を行ってきました」


 不思議な紙は、水早緒が持っていた。

 私と水早緒は歳が近く、たまに水早緒の遊び相手を務めていた。

 その時、私は偶然それを見て、自分が水早緒と同じような力を使えることに気づいた。



「それからずっと水早緒と一緒に暮らしてきて、家族であり、姉妹であり、唯一無二の――親友なんです!」



「親友、か」


「はい。私、水早緒のためならいくらでも命を差し出します。水早緒を助ける代わりに今すぐ死ねと言われたら私、喜んで死にます!」



 違うと、親友ごっこだったと、はっきり水早緒に言われたけれど、でも私は親友だと――。


 叫んだ私に、和冴様は鼻で笑った。



「それは対等なの?」


「え――」



「君が水早緒のために死んでもいいと思うのはよくわかったよ。でも君のために水早緒は命を捨ててくれるの?」



 それを聞いて、全身が凍りつく。

 勝手に自分の息が荒くなる。

 私のために水早緒は命を……?



「目を覚ませ。君は勝手に水早緒を崇拝しているだけだ」



 そんな。私たちの関係性や事情なんて完全に無視して……。

 でもその言葉に心をかき乱されている。

 あの夜、私の足を折って生け捕りにしろと叫んだ水早緒の声が耳から離れない。

 私は水早緒のために、今まで必死に模写を続けてきた。

 でも、それに対して水早緒は何か私にしてくれたことはあったかしら。

 ささやかなお菓子の差し入れ? 短いおしゃべり?

 見返りを求めたいわけじゃない。何かが欲しいわけじゃない。

 でも、私が模写もできないただの人だったら、水早緒は私に関わろうともしなかったのかもしれない。

 何もできないただの人でも、友人として扱ってほしい。

 ただそれだけなのに……。



 すでにそう願うことこそ、歪んでいる――。



 自分の感情が一方通行だと、自分自身が認めている。

 呆然と座り込む私を、和冴様は黙って見つめている。

 何も言わなくても、その目だけで露骨に追い詰められる。


「――和冴、今日は帰れ。こいつは俺が見張っておく」


 蒼威様が静かに言葉を落とす。


「そうだね。頼んだよ。……未鍵家は今はまだ何も行動を起こしていない。あの夜、未鍵家の者は僕が誰か気づいているようだった。その状況で君が僕らに匿われていると知った水早緒は今かなり焦っているだろうね。わざわざ呼び出して話を聞いても、恐らくのらりくらりとかわすだろうから、とりあえずは未鍵家は様子見とするよ」


「そうしろ。俺も探っておく」


 和冴様は立ち上がり、私を見下ろす。



「……水早緒と手を組もうとしていた男は誰かわからないんだよね?」



 声も出せず、ただ首を縦に振る。


「そう。ま、そっちも様子見だな。そいつに逃げられてしまわないように、男の正体がわかるまではうかつに動けないよね。そうだ、君はしばらくここで生活するんだ。恐らく水早緒は口封じのためにまずは君を殺そうと画策していると思う。それにもし本当に水早緒を追放する時が来た時のために、この悪事の証言者としてまだ君には生きていてもらわないと」


「そんな……」


 和冴様の言葉が心の中を乱していく。


「勝手に決めるな。長くは預かれない、鷹無家で――」


「たまには家に女性がいる生活もいいと思うよ。もう決まり。僕がいいと言うまで澄を預かって」


 蒼威様は露骨に眉を顰めて口を噤む。

 どうやら和冴様の決定は絶対みたいだ。


「そうそう、柳瀬家は鷹無家の分家だけど筆頭家臣だよ。未鍵家よりも脱走ははるかに難しいって肝に銘じておいたほうがいいかな。まあ、僕らから逃げられると思ったら大間違いだけどね」


 口調は柔らかい。でも、底知れない恐ろしさが和冴様から伝わってくる。

 私はただすべてを受け入れて、頷くことしかできなかった。



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