第二話 申し開き



「は、話します」


 自分の声が露骨に震えている。

 和冴さんは「そう」と頷いて私から杖を引く。




「実は……、本家に――鷹無家に反旗を翻すつもりでした!」




 意を決して叫ぶ。和冴さんは眉一つ動かすことはなかった。「ふうん、そう」と呟いて、にやにや笑っている。

 代わりに声を上げたのは、蒼威さんだった。


「お前は未鍵家の者だったな。未鍵家は取り潰そう」


 冷たい声で言い放ち、大きく頭を振る。


「お待ちください! 未鍵家には何の罪もありません!」


「何の罪もない? どういうことだ。鷹無家に、本家に謀反を起こすなど、あってはならないことだ!」


 蒼威さんは眉を顰め、私を怒鳴りつける。

 あまりの気迫に、蒼威さんがこちらに向かって一歩足を進めるだけで、恐怖で倒れそうになる。



「わ、私がそそのかしたのです! 未鍵家に――水早緒に、鷹無家を討ち取って未鍵家が本家に成り代わればいいと――!」



「なんだと⁉」


「それでっっ!」



 力の限り叫ぶと、蒼威さんは怯んだように口を噤む。


「それで、水早緒に何てことを言ったのかと、責められました! 水早緒に謀反の心はなかったんです。私は未鍵家の牢に閉じ込められ、このままだと殺されると思い、模写の最中にわざと傷を負って逃げたんです。追手がすぐにかかりました。そのような経緯であの夜――」


 水早緒は悪くない。

 悪いのは私だと思わせたい。このあと彼らが私を鷹無家に引き渡して、鷹無家で処分されれば、この謀反は私が首謀者ということになって収まる。

 騒ぎになれば、水早緒も私を身代わりにして動くのをやめるはず。

 謀反が露見した時にどうなるか目の当たりにしたら、きっと思い直してくれるはず。


 自分が死ぬことになっても、水早緒を護れたら私は――。


「へえ……、そういう事情があったんだ。君はどうやって鷹無家に謀反を起こすつもりだったの?」


「え? えっと……、普通に魔法でご当主を襲って……」



かあ。箱も持たない解読者の君がどうやって襲うのかな?」



 思わず口を噤む。私は未鍵家では模写しかしてこなかった。

 箱とは何? 魔法とは……、一体。

 俯いた私の顎を、杖ですくわれて無理やり上げさせられる。




「鷹無家の当主の顔も、ましてや名前すら知らない君が、どうやってを殺すの?」




 自分の目を際限いっぱいまで開く。

 和冴さんは、私を憐れむような顔で微笑んでいた。


「も、もしかして……」


 気づけば指先が震えている。杖から顎を外すことすらできない。


「そうだよ。僕は鷹無和冴。鷹無家の現当主だね」


 強烈な眩暈に、そのまま意識を手放しそうになる。



「――サジアル」




 和冴さんが呟くと同時に、口が勝手に開く。頭の中を濡れた手でまさぐられるような強烈な不快感が駆け巡る。あまりの気持ち悪さに、冷や汗が噴き出し、吐きそうになる。



「……水早緒が、誰か知らない男性と鷹無家に対して謀反を企てています。私がそれを水早緒に咎めると、地下牢に閉じ込められて模写を強要させられました……。鷹無家に対して謀反なんて起こして、もし失敗したら、水早緒の命がないと思って――」



 勝手に真実を話し始める。

 やめて、と心の中で思っていても、止まらない。


「何とか水早緒を説得しようとしましたが、地下牢に閉じ込められてからは水早緒に会うこともできなくて……。水早緒に直接会って説得するために、わざと模写し損ねて怪我を負って牢から出ましたが、水早緒は私を生け捕りにし、足を折って出られないようにすると。だから一旦逃げて頃合いを見て水早緒に会おうと思って未鍵家を出ました……」


「それで僕らに出会ったわけだ」


 こくりと勝手に頷く。

 話す気はなかったのに、強制的に真実を言わされた。

 酷い後悔に苛まれる。

 涙が溢れ出し、ぼたぼたと落下する。


「和冴。もうやめろ。真実が聞けただろう」


「待って、もうちょっと」


「そいつはもう、自分の口で話すだろう。――やめろ」


 蒼威さんが強い口調で咎めると、和冴さんは杖を引く。途端に頭の中をまさぐられる感覚が消える。

 でも不快感は継続していて、吐きそうな気持ち悪さは消えてくれない。

 強烈な自白魔法だった。抗いたくても抗えず、真実を話すしかなかった。

 話してしまった後悔と、水早緒の身が心配になる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る