第四話 救出
「そ、その女は我が家の下人で、脱走を図ったのだ!」
「脱走……」
私の前に立つ白い衣の男性は、へえ、と軽く流す。
その間にも私を抱え起こした男性は、私の左手を取って、月明りにかざす。
「この傷、ほんの少し魔力が残っている」
――え?
「左手を魔法で貫かれている。酷い怪我だ。お前は――解読者か?」
尋ねられて、恐る恐る頷く。
私の首の上下を見て、彼は声を上げた。
「解読者が下人であるはずがない。この戦乱の世、解読者はどのような身分の者でも引く手あまただ。丁重に迎えられるはず」
「……だよね。君たちはどこの家のもの?
「そんなの関係ねえ! いいからその女を渡せ!」
「残念だけど、僕には大いに関係あるんだよねえ。彼女から事情を聞きたいなあ」
「はあ⁉ そんなことてめえには関係な――」
「――レダト」
その瞬間、私の前に立つ白い衣の男性から、無数の金の矢が放たれる。
私を追ってきた男性たちの至近距離をかすめて飛んでいき、彼らはへたりと座り込んだ。
「分家が怪しい動きをしているなら、面倒だけどお仕置きをしなきゃ」
「ま、まさか貴方様は――!」
震える声で男性の一人が叫ぶ。
え? 彼らの動揺が伝播してきて、急激に不安になった。
そんな私を見透かしたように、傍にいてくれた男性が、私の背を二、三度軽く叩く。
その軽い衝撃で、息が吸えるようになる。
彼は、私の背に手を添えたまま、冷たい声で言い放った。
「お前たちの主に伝えろ。この女は、
それを聞いた男性たちは、慌てたようにその場から逃げ出す。
あとには私と助けてくれた男性二人が残された。
私の背に触れている男性が、私に向き直る。
「おい、お前は解読者だと言ったな。回復魔法を持っているか?」
「い、いえ。持っていません」
「ほんと、酷い怪我だね。持っていたら詠唱してあげたんだけど、仕方ないね。とりあえずここから近いから
私の前に立っていてくれた白い衣の男性が、しゃがみこんで私の怪我の具合を覗き込む。
「仕方がない。事情も聞きたいしな」
背に触れていた男性は、どうやら蒼威、と言う名前らしい。
「じゃあ、蒼威の家に行こう。立てる?」
私の右手を軽く握り、立ち上がらせようとしてくれるけれど、全く足に力が入らない。
「無理みたいだね。蒼威、背負ってあげて」
「なぜ俺が。
私の前に立ちはだかっていた人の名前。和冴、と聞いて、胸の奥がざわめく。どこかでその名前を聞いたような気がするけれど、頭がうまく働かない。
そのうちに、蒼威さんが私を背負って歩き出す。
「すみません……」
「別に構わん」
ぶっきらぼうに答えて、蒼威さんはそのまま黙り込む。
「そういえば、解読者なら【箱】を持っているよね? どこかに落としてない?」
和冴さんが私を覗き込む。
【箱】?
「箱……、ですか? 持っていないので大丈夫です」
答えると同時に、蒼威さんが足を止めた。
「解読者なのに箱を持たないなんて、どういうことだ?」
ピリッとした緊張感が夜の闇の中に張り巡らされた。
「え……? おかしいことですか?」
戸惑う私に、和冴さんは朗らかに笑う。
「おかしくはないけど、珍しいね。ないならないでいいよ」
「和冴」
「事情はあとで聞こう。襲われたり怪我をしたりで、今はきっと混乱してるんだよ」
蒼威さんはしばらく黙ったあと、ふたたび歩き出した。
「おい、名前だけ言え」
「は、はい。澄です。
「澄、か」
ぽつりと私の名前を呟いて、そのまま黙り込む。
しばらく無言が続く。
広い背から心地よい体温が伝わってきて、目を閉じる。
こんな風に背負われたのは、幼い頃以来だ。お父様に背負われて、秋が深まる野山を見て回った。
もう二度と戻れない、遠い日々。
あの頃はただ、幸せで――。
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