第二話 祝宴






 あの日から数か月後――。



「ほんっとうに綺麗! 素敵!」



 白無垢を纏った私に、玲様が泣きながら拍手してくれる。


「ほんと綺麗だなあ! 蒼威のものになる前にかっさらえばよかったぜ!」


 髪が伸び、短髪になった朱慶様が冗談交じりに豪快に笑う。



「ありがとうございます。わざわざお越しくださって」



「そりゃあ来るわよ! お式は柳瀬家勢ぞろいでやったんでしょ? 大変だったわねえ」


「はい。でも、蒼威様がお傍にいてくださったので、大丈夫でした」


 顔を上げると、蒼威様が少し照れくさそうに顔を背ける。




 私は今日、蒼威様と結婚した。




 朝目が覚めてから、あれよあれよと準備し、気づけば柳瀬家の皆様の前で三々九度を交わしていた。

 それは蒼威様も同じだったらしく、式が終わったあと、「これで終わりなのか?」と首を傾げていた。


 その後は、どんちゃん騒ぎの宴。

 それがようやく終わったかなと思った頃、玲様が訪ねてきていた。


 ちょうど朱慶様もいて、四人でまた少しお酒をいただく。



 ここに和冴様のお姿は、ない。柳瀬家の一族だけのお式だったから、お式にも来なかった。



「それにしても、本当に澄、綺麗~。羨ましいいい。まさか一番に蒼威が結婚するなんて思ってもなかったあ」



 玲様が号泣している。相当酔っているみたいだけど、大丈夫かしら。



「だよなあ。オレが女を十人迎えるほうが早いと思ってたのになあ。なんで一人も来てくれないんだろ。不思議だぜ」



 朱慶様が真剣に首を傾げている。



「朱慶は根本から考えかたを改めたほうがいい」



 蒼威様が盛大な溜息を吐く。

 思わず私と玲様が笑うと、蒼威様も笑んでいた。


 ささやかな宴の席は、楽しく続いていく。



 でも寂しさの気配が消えてくれない。



 いつもいた人がいなくて、楽しければ楽しいほど、心に穴が開いたように空虚になる。


 蒼威様もそう思っているのか、時折ぼんやりとしている。

 あの比叡山の焼き討ちから、分家の再編、そして本家と分家、分家同士の不可侵という約束が決められて、蒼威様と和冴様は以前のように家を行き来したりはなくなった。


 一線を引いて、本家と分家、の立場を護っている。



 全ては和冴様を護るため。



 自分だけが和冴と密な関係のままでいることは、歪さを生む。このことで余計な騒動を起こしたくない、と以前蒼威様が打ち明けてくれた。

 蒼威様が決められたことなら、と思っていたけれど、やはり寂しい。


 できることなら、今日の結婚式だって和冴様に来てほしかった。




「そろそろ帰るわ」




 玲様の言葉で我に返る。



「なんだよ、早いなあ。もうちょっと飲めよ」


 朱慶様が玲様を手招きする。



「あんたね、もう夜よ。野暮すぎるじゃない。早く帰るわよ!」



 野暮?



「おお! そうだった! んじゃな、蒼威、澄! また顔を出す!」




 お帰りになるならお送りしようと立ち上がった時、聞き覚えのある声がする。





「――もう帰るの? 夜はこれからでしょ?」





 縁に立っていたのは、お酒をかかえた和冴様だった。



「和冴……」


 呆然としたように、蒼威様が呟く。



「おめでとう、蒼威。澄。これお祝い。他にもあるけど、あとで届けさせるよ」



 和冴様はいつも通りだった。

 嘘みたいに、いつも通り。


 それがどうにも嬉しくて、たまらなくなる。

 気づけばじわりと自分の目頭が熱くなる。



「どうしたの? ほら、飲もうよ。せっかくお酒持ってきたのに」



 和冴様はさっさと座り、ご自分でお酒を注ごうとする。



「和冴様、私が――」



「花嫁さんは座ってなよ。――……本当に、綺麗だよ」



「ありがとうございます……」


「ねえ、朱慶。注いでくれる?」


「なんでオレが……」



 朱慶様はぶつくさ言いながらも座り直し、和冴様にお酒を注ぐ。



「あんた何で今来るのよ! せめて明日にしなさい、明日にっ!」



 玲様が和冴様の胸倉を掴み前後に揺らす。

 言葉は怒っている。でも、玲様はすごく嬉しそうだった。



「玲、ほんとやめて。ちょっと飲みすぎじゃない?」



「うるさいわね、野暮天大魔王にそんなこと言われたくないわ!」



 和冴様の胸倉を掴みながらも、玲様はその場に座り直してまた号泣する。



「玲の言うとおり……、本当に和冴は野暮だな」




 最後まで立ったままだった蒼威様は、ふっと気が抜けたように笑った。


 そうして蒼威様も座り直す。





 また宴が始まる。






 夜が明けたら、夢が覚めてしまうから、せめて今この瞬間だけはこの上ない幸福感を誰よりも味わいたいと思った。



 この時を魔法で閉じ込めたい。



 消えることなく、永遠に――。




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