第38話 帰省
—翔太side—
海から帰った僕は、またいつも通りの日常に戻っていった。
あの日は、何かが変わったようで何も変わらなかったような、そんな一日だった。
変わったことといえば、僕の日焼けと虫刺されが少しだけ悪化したことと、水を買って帰ってきたひろみの顔が、何かつきものが落ちたようにすっきりしていたことだけだ。
僕はと言えば、ひろみにあれだけ励まされてもまだ、ゆかりさんに連絡くる勇気が湧かずにいた。
そんな中でも時間は過ぎて、お盆も近づいてきたので、とりあえず帰省することになった。
帰ってもどうせ冷戦状態の両親と腐れ縁の幼馴染に会う程度なのだが、このままここにいるよりはマシに思えた。
それに、初恋の思い出の公園に久しぶりに行ってみたい気持ちもある。
恋をしているからなのかもしれないが、ゆかりさんと出会ってから、伝えられずに終わった淡い初恋を何度も思い出す。
10年前、僕が小学3年生の頃。うちの家庭はかなりひどい状態だった。両親が離婚寸前で、家庭が崩壊しかかり、僕は家に帰りたくなくなっていた。
そんな時、公園で暇を潰していた僕の手を取って、一緒に遊んでくれた初恋の人は、地元の高校の制服を少し着崩した、茶髪のお姉さんだった。
携帯も持ってなかった僕は、その公園で偶然会えるのをいつも心待ちにしていた。今では名前も思い出せないのだが、あの楽しかった日々と、最後に見た黒髪の彼女の悲しげな表情は忘れられなかった。
あの頃の自分と向き合って前に進めたら、もう一度ゆかりさんに会う勇気が湧く予感がしている。
—ゆかりside—
あれからの私は、相変わらず心に穴が開いたような日々を送っていた。
あれで正解なはずなのに、心のどこかで悔やんでしまう。
自分が翔太くんをフっておいて、後ろ髪を引かれてしまう。
今なら伸吾の気持ちも少しわかる気がする。
お盆休みをとって帰省する新幹線の中でも、まだ私はそんなことを考えていた。
盆と正月くらいは顔を見せろと言われているので一応帰るのだが、今回は本当に帰りたくない。
会うたびに結婚を急かす両親や親族に、まだ伸吾と別れたことすら言えていない。
それどころか、正月に「今度の夏は彼氏連れてくるから」なんて言ってしまったことを、先週母親から電話が来るまですっかり忘れていたのだ。
ちょっと都合が悪くなった、と言ってその時はやり過ごしたが、どうやって説明しようか考えるだけで頭が痛い。
さらに、帰省に合わせて高校の同窓会が開かれるらしく、それも参加しないわけにもいかない。
高校時代の私は、中学までの少し引っ込み思案な性格を治すために、髪を染め、ピアスをつけ、いけてるギャルグループの端っこにいた。しかし元の性格は治らず、いつも気疲れしていたことを思い出す。
染める必要も無くなった黒髪を見ながら、少し気が重くなった。
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