第11話 雨の日



ゆかりさんと僕の奇妙な出会いから数週間たち、季節は梅雨になっていた。


あれからの僕は、ゆかりさんに頼まれて、週に1〜2回、301号室の片付けをして、料理を作り置きしている。

たまに二人で食卓を囲むが、お互いの都合で会えなかった日の分の給料は、翌朝にはポストに入っている。

ゆかりさんも律儀な人だなと思う。


それ以外では、僕は大学とアパートと自動車学校を行ったり来たりするだけの日々を過ごしていた。


そんな僕には珍しく、今日は大勢の会食の場にいた。映画サークルの新入生歓迎会だ。

自己紹介で好きな映画を聞かれるが、王道を答えても最近のものを答えても、何を言ってもセンスを査定されているような感じがしてストレスだ。「これを見ていない奴は映画を語るな」のようなくだらないマウント合戦に、本当にうんざりしている。正直かなり苦手な部類の会だ。帰りたい。


こういうのは4月や5月にやるはずだが、どうやら先輩方の都合が合わずにモチベーションもなくズルズル引き伸ばされて今日まで来たらしい。ならいっそやらなければいいとも思うが、そうもいかないらしい。


正直、僕はサークル活動も大して何もしておらず、映画もたまにしか見ない。運動部のウェイ系が苦手だから入っただけの幽霊部員なので話すこともない。というかこんな会があるのはちょっと計算が外れた気すらしている。


二次会に参加する人の群れに向かって、慣れない酒が少し気持ち悪いと言い訳をして駅に向かった。


途中で小雨がちらつき、折り畳み傘をカバンから取り出したが、周りで傘をさしている人がいないので恥ずかしくなってカバンにしまった。



地下鉄の中でふと、もし2次会に行っていたら、さっきまで隣で僕にしつこく質問してきた女子と何かあったのかな、いや思い違いか、などと考えた。

しかし、もしそうだとしても別に今はいいかな、と思った。

今の僕には、十分楽しい生活があって、心はとても落ち着いているのだから。


そう思い改札を降りた時、その落ち着きをもたらした女性が、慌ただしくバッグの中身をガソゴソと探していた。


「あ、ゆかりさん。今帰りですか?」

「あれ!翔太くん。翔太くんこそこんな時間に珍しいね?」

「ちょっと大学のサークルのご飯会で。」

「あー。そういうのあるよね。」


「で、なんかバッグの中を何か探してましたけど」

「折り畳み傘があるはずなんだけど見つからなくてさ」

「いや、それだけ探してないんなら忘れたんじゃないですか?」

「やっぱり?」


「やっぱりってなんですか?」

「いや、多分忘れた気はしたんだけどさ。信じたくなくて。こっから家までの距離のためにコンビニで傘買うのもなーと思って。」


「じゃあ、僕の傘入ります?」

思わず口走ってしまった。僕は酔っていたのかもしれない。



しばらくの沈黙の後、ゆかりさんは顔を赤らめて言った。


「じゃあ、お願いします。」




こうして僕たちは、相合傘で家路についた。


「なんか、中学生みたいだね。変な感じ。」

「ハハッ。そうですね」


慣れないことにドキドキしながら、僕は同時に何だか安らいでいた。

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