第31話 蓋
—ゆかりside—
よせば良いのに、つい気になって来てしまった。
私は日曜の夕方、大型商業施設の3階をうろついていた。
さっきまでは普通に2階で買い物をしていたが、おそらく今の時間くらいなら映画を見終わった二人が降りてくるかも知れないと思い、つい来てしまった。
・・・というのは建前で、本当は、今日ここで買い物をする必要など一つもなかった。
翔太が誰とどんなデートをしているのか気になって、つい映画館の場所や時間を調べてしまい、居ても立ってもいられなくなったのだ。
翔太にバレたら私も伸吾と同罪だ、と思いながら、偶然を装う言い訳を考えながらフードコートを見ていると、可愛らしい大学生の女の子が、男子とふたりでアイスを食べながら楽しそうに話しているのを見つけた。
その男子の背中は、私が何度も見送った背中だった。
これが正しい青春か、と見せつけられるような気分だった。
翔太くんみたいな未来ある若者には、私みたいなアラサー仕事女は似合わない。夢から醒めたような気持ちだった。
私は、彼の新しい出会いや未来を邪魔しないお姉さんにならないといけない。
私はまた心に蓋をした。
鉢合わせるわけにはいかないので、私は逃げるようにエスカレーターを駆け降りた。
—ひろみside—
“お隣さん”の話をする翔太は、好きなエンタメの話をするとき以上の無邪気な笑顔をしていた。
それを見るたび、少しずつ心が締め付けられる。
「ねえ、翔太、今日ずっとゆかりさんの話ばっかりしてるね。」
つい言ってしまった。
「せっかく私と一緒にいるのに、なんか心は一緒じゃないんだなーって思うとちょっと寂しいよ。」
「なんかゴメン。」
・・・否定してくれるわけじゃないんだ。
私はまたしても、当て馬役になってしまった。
「ま、アイス奢ってくれたら許してあげる。」
「結局それかよ。」
「ムフー。」
私はわざとおどけて得意げに笑って見せた。それが精一杯の強がりだった。
そもそも私が翔太に近づいたのには、翔太なら落とせそうという安易な計算があった。
そんなことを考えている女が、まともな幸せを手に入れられるわけがなかったんだ。
なんだか惨めで泣いてしまいそうで、早くその場から離れたかった。
「じゃあ、またね」
別れの言葉は私から言う。これが最後のプライドだった。
明日からは、ただの友達になれるかな。
「うん、楽しかったよ」
私の気持ちなど気づかない、どこまでも鈍感で無邪気な翔太が、そのままでいてくれるなら、
「よかった」
私はまた心に蓋をした。
今顔を見られたら無理なので、振り返らずに早足で歩き出した。
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