第34話 夏休み
「翔太くんが翔太くんだったから好きになったのに。」
その言葉が、あの日から何度も頭を巡っている。
僕が無理矢理変わろうとして、背伸びして頼れる男に擬態していたことも、ゆかりさんには見抜かれてしまっていた。
だったら、どうしたらよかったんだろう。
見事に玉砕したゆかりさんとのデートからもう何日も経ち、夏休みに入ってもなお、ぐるぐるとそんなことを考え続けていた。
何をする気力も湧かず、必要最小限の外出以外はずっと液晶画面の前でアイスやら麦茶やらと共に過ごしていた。
本来の僕なら、これでいいはずだった。
わざわざ暑いなか人も多い外に出るのもだるいし、一人で気楽に寝て起きて過ごせばそれで十分だと思っていた。
ゆかりさんに出会うまでは。
今の僕は、何を見ても、ゆかりさんと行きたかったと思ってしまう。
ボーッと付けたテレビに映る夏の行楽特集。
倍速再生で見続けていた日常系アニメのお祭り回や水着回。
配信チャート上位の映画の素敵な街の風景。
その全てに僕とゆかりさんで過ごしたかった夏の景色が浮かんでしまう。
そんな精神状態でもバイトのシフトは入っているので行かねばならない。
とはいえ、そもそも仕事を頑張るゆかりさんに見合う経済的に自立した男になって、ゆかりさんを遊びに誘う資金繰りのためにやっていたバイトだ。
もはやあまり熱心に稼いでもどうしようもないなとやけになりながらも、必要最小限は稼がないと仕方ないので続けていた。
しかし、厨房にいる時間は苦ではないし、家にいても悲しくなるので、ありがたくもあった。
バイト終わりに、ひろみに話しかけられた。
「翔太、明日暇?バイトは入ってないけど」
「まあ暇だけど」
「友達と海行くんだけど一緒に行かない?」
「良いけど急だな」
このまま家にいても気が滅入るので、誘いに乗ってみることにした。
「いや、なんか元気無さそうだったから」
「ありがと。まあ元からそんなに元気がある方じゃないけどな」
「確かに。」
「いや認めんなよ」
「ツッコめるくらいには元気でよかったよ」
「うるせー」
悪態をつきながらも、ひろみらしい気遣いに感謝していた。
帰り道でスマホを開くと、ひろみから「明日は朝10時に駅前集合!水着忘れないでね!」とメッセージが届いていた。
そういや僕水着持ってないな。
水着を買いに行きながら、よく考えたら女子と一緒に海に行くなんて最高の青春イベントでは?などと気持ちを盛り上げようとしてみたが、どうせならゆかりさんと行きたかったな、と結局思ってしまった。
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