第33話 デート
—ゆかりside—
ピンポーン
インターホンが鳴ってドアを開けると、そこには少しおしゃれをした翔太くんがいた。
「ゆかりさんこんにちは」
「おはよう翔太くん」
「もうおはようっていう時間じゃないですよ。」
いつも通りの会話に安心したのも束の間。
「ゆかりさん、それこの間買った服ですよね。似合ってますよ。綺麗です」
翔太くんはいつの間にか歯の浮くような台詞が言える色男になっていた。
「翔太くんもかっこいいよ」
「ありがとうございます。じゃあ、行きましょうか。」
そう言うと翔太は、さっと私の手をとって歩き出した。
驚くほど自然な流れでエスコートされ、恋人繋ぎでデートが始まってしまった。
これはこれで悪くないのだが、私は初めて手を繋いだあの夜の、どこかぎこちなくて、でも愛おしい感触を思い出していた。
「お昼はここにしました」
「いいお店だね!初めて来た!」
よく通る道沿いのおしゃれな洋食店だが、少し私には雰囲気が合わないと思って避けていた店だった。料理は悪くなかったが、これからも多分自分から進んでは入らない気がする。
「今日は僕が出しますからね」
「本当にいいの?」
「大丈夫です。」
「次はどこに行きましょうか」
「えー、どうしよっか」
「そういえば、ゆかりさんの家にはコップが少ないですよね」
「そうかな?」
「なんか近くにマグカップの絵付け体験ができるところがあるんで行ってみましょうよ」
「へー。」
私が何か答える間もないまま、次の行き先が決まってしまった。もしかしたら最初から翔太くんの中では決めてあったのかもしれない。
「次は水族館に行きましょう」
「いいね、楽しみ!」
本当はヒールで足が少し痛い。魚にもそんなに興味はない。
翔太くんも、水族館にあまりワクワクはしていなさそうだった。
適当に水族館をまわったあと、夕食のお店に行く道すがら、こんな話をした。
「僕、お金とか、お手伝いとか、そうやって何か理由付けしないとゆかりさんと一緒にいられないのが嫌で家事代行辞めたんです。」
「そっか。」
「だから、今こうやって普通に一緒にいれるのがすごい楽しいんです。」
その笑顔を見ながら、やはり私は翔太くんに色々な負担を背負わせてしまっていたんだなと思った。
手を繋いでいるのに、歩幅が微妙に揃わない。そんなデートが夜まで続いた。
ディナーを終え、近くの夜景スポットに来た。
あまりにもテンプレートなデートだ。ここには、私の意見も翔太くんの好みも入っていなさそうな感じだった。
こんな感じになるのなら、もう二人で出掛けても楽しくないかもしれない。
やんわりと心の距離を伝えて、ただの友達に戻ろう。
「今日はありがとう。」
「こちらこそです。今日は楽しかったですね。」
「わたしたちって、不思議な関係だよね。」
「そうですね」
「ただの隣人、と言うには近すぎるけど、でもそれぞれ別の生活があって、年も離れてて」
「まあそうですね。でも、そんな二人がこんなふうに今一緒にいれるのって、すごく運命的だと思いませんか?」
「そう?」
「少なくとも僕はそう思います。これから先も、ゆかりさんと一緒にいたいです。」
「ゆかりさん。僕と付き合ってください。」
「ごめんなさい」
「・・・そうですか。やっぱりもっと頼り甲斐があって男らしくないとダメなんですかね」
「そうじゃないの。」
私は自分のモヤモヤを表す言葉を探しながら話し出した。
「私、前のデートの時、翔太くんに告白しようとしてたんだ。でもなんか、今日一日ずっと、恋人の真似事してるみたいでつまんなかった。なんか翔太くんが無理して演じてるのが変だった。だから、今の翔太くんとは付き合えません。」
“男らしく”みたいな呪いに囚われて背伸びをしている今の翔太くんは、私との関係をステレオタイプに押し込めようとしているみたいで、無性に悲しかった。
「翔太くんが翔太くんだったから好きになったのに。」
生ぬるい夏の夜風だけが、二人の間を流れていった。
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