第24話 転職
「家事代行のバイトを、辞めようと思うんです。」
僕がそう伝えた直後、ゆかりさんの目から光が消えたのがわかった。
「新しいバイトを探そうと思いまして。それが決まり次第ということにはなるんですけど。」
「別にゆかりさんが嫌いとかじゃ全然なくて、このままだとゆかりさんに頼りっきりになっちゃうなと思いまして」
僕としては、これから前に進むための選択のつもりだった。
しかし、ゆかりさんに僕の言葉は届かなかった。
ゆかりさんは、しばらく虚空を見つめた後、絞り出すように
「わかったわ。じゃあ最後の日になったら言ってね。今までありがとう」
とだけ言った。
あの日は、その嫌な雰囲気のまま店を出て、なんとなく別々に時間を潰して、1本違うバスで帰った。
それからの1週間は、梅雨の空模様よろしく、僕とゆかりさんの関係にも暗雲が立ち込めていた。
なんとなく気まずいので、家事代行をするにも、ゆかりさんが留守の間に合鍵で部屋に入り、掃除と簡単な夕食作りを済ませ、ゆかりさん帰ってくる前に301号室を後にする日々が続いていた。
一方で、僕の新しいバイト探しは順調そのものだった。
自分のスキルを活かせる、飲食店の厨房でのバイトを探して求人サイトをうろついて見つけた、小規模ながら給料も悪くない、良さげな店に申し込むと、翌日に面接をしてもらえることになった。
面接では、家事代行をしていた経験から、より多くの人に料理を届けたいと思った、などとうわごとのように美辞麗句を伝え、さらに暇なのでシフトに入りまくれることを伝えると、どうやら好感触だったらしく、すぐに翌週からシフトに入ることに決まった。
そんなわけで、今日でゆかりさんちの家事代行バイトは辞めることになる。
部屋の隅々にゆかりさんが一人でも生活できるようにとメモ付箋を貼り、これで仕事納めだ。
301号室の鍵を閉め、ゆかりさん宛にメッセージを送る。
「身勝手ながら、今日で辞めさせていただきます。今までありがとうございました。これからも友人として何か困った際には連絡くれると嬉しいです。鍵はポストに入れました。」
寂しいけれど、これは僕がゆかりさんと前に進むための決断だ。
バイトしてお金を貯めて、僕がゆかりさんをエスコートして素敵なデートをして、その夜、僕はゆかりさんに告白する。
あまりにも単純だが、男らしく誠意ある彼氏になるためにはこれが一番だと思った。
ゆかりさんからは、動物のキャラクターが「はーい」と答えるスタンプが来ただけだった。最後まで締まらない人だ。可愛いな。
翌日、僕がバイト先へいくと、そこで意外な人物と再会した。
「今日からここで働かせてもらいます、五十嵐翔太です。お願いします。」
「翔太くんもここでバイトなんだ!一緒だね、よろしくね!私はホールだけど、何か質問とかあったら聞いてね!」
そこにいたのは、同級生女子・
少し前に、映画サークルの新歓の際に隣の席に座ってグイグイ来た女子である。
その記憶が蘇り、マスクの奥で口を歪める。
「いや、ホールと厨房じゃ多分仕事が結構違うからね」
「厨房なんだ!料理できるの凄いねー!」
「いやいや」
相変わらずの押しの強さに辟易していると、
「歓迎ムードはいいけど、ほら仕事やるぞー。」
と店長がいい具合に音頭を取ってくれて助かった。
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