第3話 ここに至るまで



路上で寝ていたゆかりさんを自宅に担ぎ入れてから数分。一応の自己紹介が終わり、雑談が続いていた。



「そういえば、翔太くんはなんであんな時間に外にいたの?もしかしてすごい早起きだったりする?」

「いや、あんな時間にあんなところで爆睡してる方が絶対おかしいですけどね」

「うるさいわねー、まずは質問に答えるのが先でしょ。」

「いやー、まあなんというか。徹夜でアニメを一気見しておりまして、休憩がてらコンビニに何か食べ物を買いに」


「じゃあお腹空いてたりする?」

「まあ、多少は。」

「冷蔵庫にケーキがあるんだけど、一人じゃちょっと食べきれない量だからよかったら食べる?」

「あんまり徹夜明けに食べる物ではないですけど、じゃあご好意に甘えて。」

「冷蔵庫開けてもらえればすぐわかるとこにあるから。」

「客にご飯の用意させる家主も珍しいですけどね」



とりあえず冷蔵庫を開けると、中には大きなケーキの箱の他にはほとんど飲み物とお菓子しかなかった。



テーブルに運び、箱から取り出したケーキは、明らかに一人用ではないホールケーキだった。

ご丁寧に『しんご♡ゆかり 交際1年記念』と書かれたプレート付き。

なんだか見てはいけないものを見た気分。ちょっと気になるけど。



フォークとお皿を用意するべく、ようやく動き出した家主と共に食器棚の引き出しを開けると、中はあまりにも雑然としていた。



「ちなみになんですけど、冷蔵庫見たかんじ、ゆかりさん、もしかして自炊とかしない派ですか?」

「あ〜、バレちゃったか。」

「あと、掃除とかも苦手そうですね。」

「うん。でも今日は頑張って綺麗にしたんだよ。」

「そうですよね、部屋入ったとき意外と綺麗でびっくりしましたもん。」



ここで僕の頭に一つの推論が浮かんだ。



「あの、すごく言いにくいんですけど、ひょっとして彼氏さんとうまくいってないとかですかね?」


数秒の沈黙の後、ゆかりさんは口を開いた。


「昨日フラれたのよ。一年記念日に。それでデートの予定がやけ酒になって、お家デートのはずがご近所付き合い。せっかく綺麗にした服も地べたに寝て汚れたし、せっかく綺麗にした部屋にも来てもらえなかったし、、、あたし頑張ったのに、、、」



またしても泣き出しそうなゆかりさんを見ながら、僕は彼女がここに至るまでの全てに合点がいった。

やたら綺麗なワンピースとハイヒールはデート仕様で、酔い潰れていたのはやけ酒のせいで、なんのストラップもない鍵はおそらく元彼の合鍵で、このケーキはおそらくデート後に来客用に片付けた家で一緒に食べるつもりだったのだろう。


・・・それがわかったところで、人間関係に慣れていない僕には、こういう時にどうしていいかわからない。




・・・グギュルルル。



しばしの沈黙を破ったのは、ゆかりさんのお腹のだった。



「・・・とりあえずケーキ食べますか。」

「うん。」



こうして、世にも珍しい早朝隣人初対面おうちケーキ会が始まった。



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